牟田昌広:「ドラマー x セロトニントレーナー x ヨガインストラクター」|世界を“横に広げる”生き方!?【前編】
メジャーロックバンド「SADS」での活動を経て、YUIさん、浜崎あゆみさん、ベッキーさん、山下久美子さん、土屋アンナさん、DAIGOさんなど、数多くのアーティストをサポートし、紅白歌合戦や海外公演なども経験した、ドラマー・牟田昌広さん。
現在も「THE STREET BEATS」などで演奏活動を続ける一方、「セロトニントレーナー」として全国で講演やワークショップを開催し、さらに55歳からヨガを始めてインストラクターに!
ディジュリドゥ奏者、アマチュア落語家としての顔もお持ちです。
ところが、その多くは将来を計画して始めたものではないんだとか…
「好奇心の塊」で、人とのご縁に興味を持ち、誘われたらやってみる!
その積み重ねから生まれた、牟田さん流の「横にもう一つ世界を作る」生き方について伺いました♪
(【前編】【後編】に分けてお届けします♪)
『音TOWN』(おんたうん)は、『音楽“と”生きる街』をコンセプトに、クラシック・ジャズ・ポップス・吹奏楽などと関わりながら個性豊かに生きる「人」「お店」「団体」「会社」や、音楽家に必要不可欠な「お金・健康」の情報をお届けしています♪
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この特集は『音楽 x ◯◯』のように、複数の職業を掛け合わせて活動をしている方(“二足のわらじ”の方)をご紹介するコーナー。
音楽(演奏)以外のスキルを組み合わせる柔軟性・知識が、多様化する現代をより「ポジティブ」「ハッピー」に過ごすヒントになれば幸いです!
この記事を読むと役に立つ人は!?
・音楽以外の仕事や活動にも興味がある方
・健康を維持しながら長く音楽活動を続けたい方
・年齢に関係なく新しい事に挑戦したい方
読んだらどんな良い事が!?
・音楽以外の世界に目を向けるメリットが分かる
・人とのご縁から活動や仕事を広げるヒントが得られる
・1つの仕事やコミュニティだけに依存しない生き方を知る事が出来る
25年ぶりに繋がったご縁♪

藤井:牟田さんとは、おそらく25年ぶりくらいですよね。
牟田:そうですね。
藤井:当時、僕はなおとくん(現在のナオト・インティライミ/ソニーミュージックからの1度目のメジャーデビューが「なおと」名義だった)のサポートでトロンボーンを吹いていて、牟田さんとご一緒したのは彼のデビューライブの1回だけだったと思うんです。
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実はこの日が「2001.9.11」で、アメリカで同時多発テロが起きた日だったので、強烈に印象に残っているんですよね。
その後、現場で牟田さんとご一緒する機会はなかったと思いますが、最近、Facebookが友達やフォロワー以外もタイムラインに表示されるようになったじゃないですか。
そこで偶然見かけて、「今は何をされているんだろう?」とタイムラインを覗いてみたら、正直ロックドラマーとは真逆のイメージの「セロトニントレーナー」や「ヨガインストラクター」といった健康的な活動や(笑)、ディジュリドゥ、落語など、面白い事をたくさんされているようだったので、気になって連絡させていただきました!
牟田:ありがとうございます!
「趣味はドラムです!」ハッタリから始まった42年

藤井:まずは、ドラムを始めたきっかけから教えてください。
牟田:中3の時、クラスメイトが文化祭でドラムを叩いているのを見て「カッコいいな!」と思ったんです。
それで、高校に入学した時の自己紹介で、叩いた事もないのに、
「趣味はドラムです」
とハッタリをかましたら、バンドに誘われて、そこから42年間のドラム人生が始まりました(笑)。
特に好きなバンドがあったわけでも、「このドラマーのようになりたい」と思っていたわけでもなかったんですよ。
高校卒業後は名古屋のデザイン学校に進みました。
その後は名古屋でデザイン事務所への就職も決まっていたんですけど、「破天荒」というバンドに誘われたんです。
このバンドでデビューするのもいいなと思って、就職を断りました。
メンバーで「1年間お金を貯めて、一緒に東京へ行ってプロになろう!」と決めたんです。
ところが、1年経ったら僕以外、誰もお金を貯めていなかった(笑)。
「だったら1人で行く!」
と、22歳の時に何のあてもなく上京しました。
でも、その時には自分の中で「25歳までにデビューする!」と決めていましたね。
ボーカルオーディションに「ドラム」を送る!?

牟田:東京でいろいろなバンドをやっていたんですけど、25歳になって、「もっと大きくデビューするにはどうしたら良いんだろう」と考えていました。
そんな時、ビーイングという音楽事務所がボーカルオーディションをやっていたんですよ。
藤井:ZARD、WANDS、大黒摩季、DEEN、T-BOLANなどがデビューしていた事務所ですよね。
牟田:ボーカルオーディションなのに、僕はカセットテープに自分のドラムを録音して、写真を付けて送ったんです。
そうしたらなんと、事務所に呼ばれて、その後PAMELAHに参加する事になりました。
「じゃあ来週、PAMELAHでMステ(ミュージックステーション)ね!」
みたいなノリ(笑)。
その年は4,000組くらい応募があったらしいんですけど、僕以外、合格者無しだったそうです。
藤井:ボーカルオーディションなのに、ドラムで応募してきたのが逆に目立ったんですかね(笑)。
「とりあえずダメ元でも行動してみる」
ってやっぱり大事です!
牟田:ただ、自分が思い描いていた活動とは少し違ったので、PAMELAHは辞めて、30歳の時に、清春のバンドのオーディションに合格し、SADSでメジャーデビューしました。
SADSを脱退した後は、
「さて、これからどうやって生きていこうかな」
と思っていたんですけど、ありがたい事に、YUIさん、浜崎あゆみさん、ベッキーさん、山下久美子さん、土屋アンナさん、DAIGOさんなど、いろいろな方のバックでドラムを叩くようになり、現在は「THE STREET BEATS」などで演奏しています。
それまではロックバンドしかやった事がなくて、「サポートミュージシャンになろう」と考えた事もなかったんですけど。
ドラム講師になったのも「頼まれたから」

藤井:ドラムレッスンを始めたのはいつ頃ですか。
牟田:33歳くらいですね。
これも、「ドラムレッスンをやろう」と思って始めたわけではないんです。
友達がやっている音楽スクールやスタジオから「教えてくれないか」と頼まれたり、個人的に連絡が来たりで、「教えてほしい」という人がいたから始めたという感じ。
気付いたら生徒も増えて、ドラムレッスンも仕事になっていました。
ちなみに僕は「好奇心の塊」なんです!
そして「思い付いたらすぐ行動する!」
「ドラムの仕事が減ってきたからドラム以外の仕事をしなきゃ」とか、「資格を取らなきゃ」と考えて、今やっている事を始めたわけではないんですよ。
45歳頃から「健康」の世界へ!?

<セロトニン道場主宰の有田秀穂博士と/修了証授与の記念写真の様子>
藤井:その後、「セロトニントレーナー」という仕事はどのようにして出会ったんでしょうか。
牟田:45歳くらいだったと思います。
友達のミュージシャンに、いわゆる都市伝説的な話に詳しい人がいて、
「トークショーをやるから、一緒にやらない?」
と誘われたんですよね。
僕は横にいるだけで、ほぼ「お飾り」状態だったんですけど、健康、医療、薬、食生活などの裏話というか、自分がそれまで知らなかった話がたくさん出てきたんです。
それまで好きなものを好きなだけ食べていたので、結構な衝撃でした。
「健康や病気の話って、テレビの情報番組や、CMなどから入ってくる内容が全てではない、必ずしも真実ではないんだな」
と感じて、興味を持つようになったんですよね。

和太鼓奏者から誘われた「セロトニン」セミナー

牟田:その頃、「GOCOO」という和太鼓グループのKAOLYさんという方と知り合いだったんです。
凄い和太鼓奏者なんですけど、ある日、
「セロトニン道場という怪しいところを見つけたんです。牟田さんも一緒に行きません?」
と誘われました。
当時は「セロトニン」という言葉もほとんど知らなかったんですよ。
「なんで僕なんですか?」
と聞いたら、
「牟田さん、なんとなく向いてそう」
と言われて(笑)。
でも、「こんな凄い人が向いていると言うなら、向いているのかもしれない」と思って、行ってみました。
そこで有田秀穂博士から、半年くらい「セロトニン」や「ドーパミン」、「脳科学」について学びました。

成功しても「もっと欲しい」は終わらない

牟田:そこで聞いた話が、自分の中で凄く腑に落ちたんです。
「(音楽で)成功したい!」
「有名になりたい!」
「お金が欲しい!」
といった欲求を生み出す神経伝達物質が「ドーパミン」。
もちろん「ドーパミン的な幸せ」は必要であって、悪ではないんですけど、(ギャンブルやスマホなどの)「依存症」とも関係があると言われていて、「これだけ手に入れたから、もう十分」とはならず、「もっと強い刺激」が欲しくなるんです。
それをうまくコントロールするのが「セロトニン」だという話を聞いたんです。
僕自身も昔はハチャメチャな生活をしていた時期がありますし、周囲の音楽業界、芸能界では、地位も名誉もお金も持っているのに、人生を破綻させている人をたくさん見てきました。
うつ状態になる人もいれば、めちゃくちゃな遊び方をする人もいる。
「こんなに成功しているのに、なぜなんだろう?」
と思っていたんです。
でも、
「心と体が整っていなければ、地位や名誉、収入が上がったとしても、それだけで幸せが続くわけではない」
その話を聞いて、
「周りもそうだし、僕自身もそうだったんだな」
と合点がいきました。
「リズム運動?それは僕の専門じゃないか!」

牟田:有田先生によると、心と体を整える脳内物質セロトニンを活性化させるには、
・朝日を浴びる
・スキンシップ
・整った食生活
など色々ある中、
「集中した一定のリズム運動を20分程度続ける」
という話がありまして、
「リズム運動? それは僕の専門じゃないか!」
と思ったんですよ。
そこからセロトニンについてブログでも発信するようになりました。
すると、
「もっと話を聞きたい」
という人が出てきたんです。
せっかくなら、
「セロトニンについて話した後に、みんなでドラムを叩こう!」
と考えて、ワークショップを始める事にしました。
すると、今度は参加した人から、
「うちの会社・団体・学校でも話してくれませんか?」
と声をかけられるようになった。
気付けば、全国で講演をするようになっていましたね。
元をたどれば、KAOLYさんに誘われた事がきっかけで、「セロトニンを仕事にしよう」「講演家になろう」と思って始めたわけではないんですよ。


歩く、走る、噛む。身近な動きも「リズム運動」
藤井:ドラム以外で、一般の方でも出来るリズム運動はありますか。
牟田:ざっくり言えば、体を動かせば何にでもリズムはあります。
「歩く」「走る」「スポーツをする」
食事なら、「噛む事」も一定のリズムですよね。
僕が大切だと思うのは、「どういう気持ちでやるか」という事。
例えば階段を上る時、
「面倒くさい、キツい」
と思えばキツい。
でも、好きな人と一緒なら山にだって登れたりする。
同じ体を動かす行為でも、何を考えているかで感じ方が変わるんですよ。
ドラムだって、
「何だよ、この曲、面倒くさいな…」
と思いながら叩くのと、
「楽しい!」
と思いながら叩くのとでは、心身への影響が違いますよね。
特別な運動をしなければいけないというより、まず体を動かす事が大切だと思っています。



循環呼吸を覚えた翌日、ディジュリドゥが手に入る!
藤井:ディジュリドゥも、セロトニンとの関わりから始めたんですか。
牟田:KAOLYさんと、日本のディジュリドゥの第一人者のような方と一緒に音を出していた時期があって、たまに楽器を吹かせてもらった事がありました。
僕は数秒しか音を出せないのに、その方はずっと音を伸ばしている。
「循環呼吸って、相当な修行をしないと出来ないんだろうな」
と思っていました。
ところが、ある日、別の若いディジュリドゥ奏者に会って、
「循環呼吸って難しいんですよね?」
と聞いたら、
「簡単ですよ」
と言われたんです。
そこで、コップとストローを使った練習方法を教えてもらいました。
(※循環呼吸は、頬にためた空気を押し出している間に鼻から息を吸う事で、音を切らさずに吹き続ける奏法/最初の練習方法として、コップの水の中に息を出し続け、ブクブクが途切れないようにするのが一般的)
その日、家に帰ってずっと練習していたら、ふと出来るようになりまして、
「循環呼吸が出来るなら、僕もディジュリドゥを吹けるのかな」
と思ったんですけど、楽器を持っていない。
どこで売っているかも知らない。
ところが翌日、横浜のスタジオにドラムを教えに行ったら、たまたまディジュリドゥが置いてあったんです。
「なんでこんな所にあるの?」
と聞いたら、
「誰かが置いていって、いらないから捨てようと思っている」
と。
それで手に入っちゃった(笑)。
藤井:持ってますね(笑)。
牟田:練習して吹けるようになって、有田先生のところへ楽器を持って行ったんです。
先生から「これは呼吸法でもあるし、瞑想にもなる」と言われて、脳波などを測定する事になりました。
ディジュリドゥを吹きながら測定したら、当時では歴代1位、過去最高のセロトニン数値を叩き出したんですよね。
その後、ブログで発信すると「教えてほしい」という人も現れて、今でも時々レッスンもしています。
(【後編】へ続く/ヨガインストラクターや講演のお仕事、アマチュア落語家としてのお話など、盛りだくさんでお送りします♪/10月26日公開予定)
<有田秀穂主宰セロトニンdojoにて/ディジュリドゥを吹きながら脳波測定>

牟田昌広(Masahiro Muta)ドラマー/セロトニントレーナー/ヨガインストラクター
15歳頃にドラムと出会い、22歳でプロドラマーを目指して単身上京。
PAMELAHへの参加などを経て、SADSのドラマーとして活動。その後はフリーのドラマーとして、YUI、浜崎あゆみ、ベッキー、山下久美子、土屋アンナ、DAIGOなど、多数のアーティストのライブ・レコーディングに参加。
現在もTHE STREET BEATSなどでドラマーとして活動を続けている。
45歳からセロトニンについて学び、ドラムなどのリズム運動と組み合わせたワークショップを開始。
現在は企業、学校、各種団体などで健康やセロトニンをテーマにした講演も行う。
さらにディジュリドゥ、55歳から始めたヨガ、落語などにも活動を広げ、音楽だけにとらわれない独自のキャリアを築いている。
藤井裕樹/音TOWNプロデューサー
【株式会社マウントフジミュージック代表取締役社長・『音ラク空間』オーナー・ストレッチ整体「リ・カラダ」トレーナー・トロンボーン奏者】 1979年12月9日大阪生まれ。19歳からジャズ・ポップス系のトロンボーン奏者としてプロ活動を開始し、東京ディズニーリゾートのパフォーマーや矢沢永吉氏をはじめとする有名アーティストとも多数共演。2004年〜2005年、ネバダ州立大学ラスベガス校に留学。帰国後、ヤマハ音楽教室の講師も務める(2008年〜2015年)。現在は「ココロとカラダの健康」をコンセプトに音楽事業・リラクゼーション事業のプロデュースを行っている。『取得資格:3級ファイナンシャル・プランニング技能士/音楽療法カウンセラー/メンタル心理インストラクター®/安眠インストラクター/体幹コーディネーター®/ゆがみ矯正インストラクター/筋トレインストラクター』




