特集/井出慎二:「サックス奏者 兼 宅建士/賃貸管理士」という生き方

「サックス奏者 兼 宅建士/賃貸管理士」という異色の肩書きをもつ井出慎二氏。

生成AIの脅威に立ち向かい、これからの時代を生き抜くために必要なノウハウや心構えとは!?

「音TOWN」(おんたうん)は、『音楽“と”生きる街』をコンセプトに、(プロアマ問わず)音楽家がより生きやすくなるために、主に音楽以外の有益な情報をお届けしています。

この特集は『音楽 x ◯◯』のように、複数の職業を掛け合わせて活動をしている方(“二足のわらじ”の方)をご紹介するコーナー。

音楽(演奏)以外のスキルを組み合わせる柔軟性・知識が、多様化する現代をより「ポジティブ」「ハッピー」に過ごすヒントになれば幸いです!

この記事を読むと役に立つ人は!?

・この先「音楽一本」で食べていく事に不安を感じている方
・音楽以外にも好きな事、得意な事があり、それを生かしたい方
・卒業後の進路に迷われている方

読んだ後に解消される不安は!?

「プロの音楽家は音楽以外の仕事をしてはいけない」という先入観から解放される
・成功事例に触れる事で、アナタ自身の挑戦の後押しになる
・「副業」「複業」探しの選択肢が広がる

※この記事はYouTubeでのロングインタビューを再編したものです。動画では、井出氏の音楽との出合い、学生生活、バークリー音楽院の奨学金オーディションの話、若い世代の音楽家に向けたアドバイス、尊敬する経営者から学んだ言葉など、さらに深掘りした内容となっていますので、ぜひ興味のあるトピックだけでもご覧ください!(概要欄に目次があります)

コロナ禍で挑戦した国家資格「宅建」

藤井:「音TOWN」(おんタウン)は、『音楽“と”生きる街』をコンセプトに、「(プロアマ問わず)音楽家がより生きやすくなるために、主に音楽以外の有益な情報を届けていくサイト」としてオープンしました。

その第1弾の特別インタビューという事で、井出慎二さんにお越しいただきました。

井出:ありがとうございます。サックス井出慎二です、よろしくお願いします!

藤井:この「音TOWN」は運営の母体が株式会社ソナーレという、「音大生や楽器愛好家に楽器可の賃貸物件を提供している不動産会社」でして、井出さんはサックス奏者兼、ソナーレさんでも宅建士(宅地建物取引士)としてお仕事をされているそうですね。

明治大学在学中にプロ活動を開始し、アメリカのバークリー音楽院への留学など、輝かしい経歴を伺っていると、「今後も音楽だけで十分に食べていけるんじゃないか?」と感じてしまうんですけど、そういったなかで難関の「宅建」の国家資格を取って不動産業にも参入したのはなぜでしょうか?

井出:お互い経験してきていると思うんですけど、20代の駆け出しの頃は修行、30代で自立出来るようになってきてって感じで、年を経て仕事を請けるスタンスや質が変わってきますよね。

あとは社会情勢や音楽業界そのものの変化です。

それらを見渡した時に「このままで良いのかな?」って。

そのタイミングがコロナ禍と重なったというのもありますね。

宅建を初めて受けたのは実はコロナの1年前で、不動産関係で働いている妻が、同僚が受けた宅建の試験問題を持って帰ってきた事があって。

僕は一応法学部出身なんですけど、見せてもらったら懐かしい法律用語とかがいっぱいあって、少し興味が出てきたんです。

国家資格なんて取った事がないし、お金さえ払えば誰でも受けられるそうなので、大学時代の知識だけでどこまで通用するのか挑戦してみようと。

のび太君みたいな点数だったら次はやめようと思ったんですが、何も勉強していなくて20点くらい取れちゃったんですよ。

宅建の合格点は年によって違い、50点満点で35点前後、約70%以上の正答率が目安。合格率は約15~18%程度で、比較的難易度の高い国家資格と言えます

そんななかでコロナ禍が訪れたわけです。

藤井:ベテランも若手も、有名か無名かも関係なく、ある意味平等に音楽家の仕事がなくなりましたよね。

井出:昭和天皇が崩御した時も今回のような自粛ムードで、ビッグバンドでのパーティー仕事とかがなくなったんですよね。またそれが来たような印象でした。

テレビの歌番組も、昔(昭和)はバックに必ず入っていたビッグバンドも時代と共になくなっていって、これから音楽業界はどうなるんだろうと。

主軸は音楽の仕事だとしても、ちゃんと“両足で立てる”別のスキルをもっていないとダメだと思い、それで昨年受けた宅建を、今度はきちんと勉強して再度挑戦。

合格まであとちょっとの惜しい結果の不合格でしたが、曖昧な部分を更新して再々度チャレンジした結果、合格する事が出来ました。

そして、そのまま勉強を続けて、同じく不動産系の国家資格である「賃貸不動産経営管理士(賃貸管理士)」にチャレンジをして合格しました。

なぜ「賃貸管理士」の資格取得まで考えたかというと、「賃貸管理士」という国家資格が今業界で大変注目されていて、そのニーズは高まっています。

「『宅建士』と『賃貸管理士』Wライセンス取得がこれからのスタンダードになる」と見越したのと、私が音楽活動をしながらも携わりたい不動産業務を行ううえで、両方のスキルが必要になると判断したからです。


<「賃貸不動産経営管理士」「宅地建物取引士」の各証を手に>

 一般大で良かった!?個人事業主になる覚悟

藤井:大学は法学部だったとの事ですけど、結果的にそれが功を奏して両足で立てるようになったんですね。

音大でなく、一般大に進学して良かったと思いますか?

井出:僕の時はまだ音大にジャズ科がなかったんでね。

明治大学は古くは古賀政男さんや、サークルの大先輩にも宇崎竜童さんのような方がいて、ほかにもジャズ・ポップス業界にOBがたくさんいたので、その点は良かった思います。

僕は、音大はバークリーしか行った事がなくて日本の事はわからないんですけど、音楽でプロになるって事は、ほとんどの人は「個人事業主」になるって事ですよね。

たとえば簿記とか、ミュージックビジネスとか、そういう(音楽以外の)授業って音大ではあるんですかね?

藤井:おそらくほとんど教えてないんじゃないでしょうか…

井出:一般大学だと、たとえば僕は法学部出身ですけど、じゃあ法律だけ勉強すれば良いかっていうと、そんな事はないんですよね。

音大がもしも「個人事業主を育てる場」であるとしたら、ちょっと不足があるように思います

コロナの次に備えるべき脅威とは!?

井出:ちなみに僕が今、コロナのパンデミックの再来のような事態より、もっと脅威に感じているのは「生成AI」なんですよね。

日本の音楽業界ってユニオン(組合)がないじゃないですか。

藤井:一応ありますけど、加入義務もないし、機能していないと言っても過言ではないですよね。

井出:先日、アメリカ・ハリウッドの俳優業界では大規模なストライキがありましたけど、日本ではそうはならなくて、音楽家の立場も低い。だから、自分の身は自分で守らないといけないんです。

10年前に「AIなんて言葉、ありましたっけ?」の状態だったのが今、こうなっているという事は、今後の発達もあっという間です。

音楽業界でも、すでに人間が作ったのか、AIなのかが見分けが付かないような曲が現場で使われているし、最後の砦と言われている管楽器でさえ、演奏が出来るロボットも出始めています。

レベル的にまだまだだとしても、時間の問題じゃないでしょうか。

10年後、20年後でも音楽を続けられるような基盤作りを自分でやらないといけない

AIにコントロールされる側ではなくて、AIをコントロールする側の人間(音楽家)になっておく必要があると思っています


<母校・明治大学「第21回ホームカミングデー」において。卒業20年目全学部卒業生代表に選出され開会式登壇講演。明治大学理事長・学長・各学部長をはじめとする大学首脳陣やOB会長・著名諸先輩方を前にサックスを無伴奏独奏>

ニーズに合わせて自分をアップデートする!

井出:これ、日本のセブンイレブンの創業者、鈴木敏文さんの言葉なんですけど、

“自分たちの脅威になるのは(ローソン、ファミマのような)同業他社ではない、『世間のニーズ』だ”

とおっしゃっているんです。

お客様があって、そのお客様のニーズが変化していて、それに合わせて自分たちも変わっていかないといけないという事ですね。

パソコンやスマホだけじゃなくて、自分もアップデートしないと。

鈴木さんは太平洋戦争を経験していて、「勝つぞ勝つぞ」の雰囲気から、いつしか形勢が逆転し、最後は玉音放送で終戦を迎えるという大きな変化を目の当たりにしたそうです。

それが「自分を大切にしつつも、きちんと社会の変化、ニーズに呼応してビジネスをしないといけない」という原体験になったんだとか。

今はまだミュージシャンは「ステージ(仕事場)が用意されている」状態かもしれないけど、(AIによって)なくなるかもしれない。

自分自身でステージを作っていかないといけなくなると思います。

僕が取得した宅建士しか出来ない仕事の中に「重要事項説明」というのがありますが、これもいずれAIで出来るようになるかもしれない。

でも、ミュージシャンの立場や知見を持ち合わせている事によって、ほかの宅建士や不動産屋には出来ないオンリーワンのアドバイスやサービスが出来ると考えています。

藤井:音楽家、宅建士はそれぞれごまんといますけど、両方持ち合わせると急にレア度が上がります。

そうなると、ほかの人ではなく「井出さんに頼もう」となりますよね。

井出:実際、同世代のミュージシャンから不動産の相続について相談されたりもありますし、ライフスタイルに合わせた物件を紹介したり、「音楽家の味方」になれていると思いますよ。

プロのスポーツ選手、アスリートって、ほとんどの人は30代で引退なので、第二の人生を考えると思うんですけど、音楽家は続けられちゃうじゃないですか。

藤井:それがメリットでもあり、デメリットでもありますよね。

井出:経済的な安定もないと良い音は出せないと思うので、僕はこの「サックス奏者 兼 宅建士/賃貸管理士」という立場で、いずれ訪れるAIの脅威に立ち向かいながら、音楽家のライフワークに貢献、音楽業界への恩返しをしていきたいと考えています。 


<宇崎竜童バンド「O.J.B」での演奏の1シーン。井出は当バンドでバンドマスターを務めた>

ソナーレでのかけがえのない経験。僕は今「アリ」です!

藤井:ところで、数ある不動産会社の中で、ソナーレさんで働く事になったきっかけは?

井出:やはり、せっかくなら主軸であるミュージシャンと、取得した宅建の両方を活かせる仕事をしてみたいと思って検索をしていたら、ソナーレの求人募集を見つけたんですよね。

とにかく「行動あるのみ!」という事で応募しました。

ありがたいのは、40代後半で一般企業にも勤めた事がない、不動産業も未経験の自分を採用してくれて、修行させてもらえた事ですね。

最初はアルバイト契約で仲介業者の訪問だったり、重要事項説明書の作成だったり、ミュージシャンでは出来ない細々した仕事をたくさん経験させてもらいました。

音楽だけやっていたら経験出来ない仕事をニヤニヤしながらやっていました(笑)。

藤井:音楽以外の仕事を面白がって出来る好奇心だったり、いい意味でのプライドの低さ(謙虚さ)は素晴らしいですね!

井出:今年(2024年)の4月からは業務委託契約・個人事業主として、楽器可賃貸物件の企画や営業などをさせていただいていますよ。

有名な童話に「アリとキリギリス」ってあるじゃないですか。

いずれ来る冬のためにアリは一生懸命働いていたわけですけど、僕はまさにそんな感じで、いずれ来るAIの脅威に備えて、今、頑張って新しいスキルを身につけようみたいなね。

ずっと(ミュージシャンとして)キリギリス側にいた人間なんですけど。

一生お役に立てる人間でありたい!

井出:もちろん、みんな音楽(だけ)で一生食べていければ良いなって思ってるんですけど、このご時世、10年後どうなっているかは誰にもわからないじゃないですか。

まず「生きる」「家族を養う」「親の面倒を見る」というラインがあって、あとは「自分がどうやって生きていきたいかな」って事を考えると、プロの音楽家として人を楽しませる事も、宅建士としてアテンドする事においても「一生お役に立てる人間でありたい」なと。

音にはその人の人生がすべて表れると思うので、音楽だけでないさまざまな経験を通して、より豊かな人生を奏でたいと思っています!


井出 慎二(Shinji Ide)

SAX奏者/作・編曲家。明治大学在学中に「モダンジャズ研究会」並びに「Big Sounds Society Orchestra」に所属し、山野・浅草・太田市JAZZコンテストで其々ソリスト賞受賞。卒業後渡米しバークリー音楽院留学。2013年、クインシー・ジョーンズ来日コンサートでセクション・リーダーを、2014年には陸上自衛隊第1音楽隊創立60周年コンサートでゲスト・ソリストを務める。これまでに、宇崎竜童バンド「O.J.B.」(2007~2012年)のバンドマスター、加山雄三、伊東ゆかり、中尾ミエ、鳥羽一郎、水森かおり、郷ひろみ、aiko、JUJU、ももいろクローバーZ、木村拓哉など、さまざまなアーティストとの共演やレコーディングに参加。自身のユニット「大筒小筒」「”OK”クインテット」や、「funk orchestra T.P.O.」「Tokyo Brass Art Orchestra」のメンバーとしても活躍中。YANAGAISAWA(柳澤管楽器)アーティスト、D’addario Woodwinds(ダダリオ ウッドウィンズ)日本公認アーティスト。トート音楽院講師。宅地建物取引士(宅建士)、賃貸不動産経営管理士(賃貸管理士)。

https://shinjide.jimdofree.com/


<「クインシージョーンズ来日公演(2013年)@東京国際フォーラム」 日本代表メンバー&サックスセクションリーダー選抜され演奏した>


<陸上自衛隊第1音楽隊の定期演奏会にゲストプレイヤーとして出演。 後に「陸上自衛隊師団長(陸将)褒章メダル」を受賞>

音大生のための“働き方”のエチュード/著:藤井裕樹
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藤井裕樹

藤井裕樹/音TOWNプロデューサー

【株式会社マウントフジミュージック代表取締役社長・『音ラク空間』オーナー・ストレッチ整体「リ・カラダ」トレーナー・トロンボーン奏者】 1979年12月9日大阪生まれ。19歳からジャズ・ポップス系のトロンボーン奏者としてプロ活動を開始し、東京ディズニーリゾートのパフォーマーや矢沢永吉氏をはじめとする有名アーティストとも多数共演。ヤマハ音楽教室の講師も務める(2008年〜2015年)。現在は「ココロとカラダの健康」をコンセプトに音楽事業・リラクゼーション事業のプロデュースを行っている。『取得資格:メンタル心理インストラクター®/体幹コーディネーター®』