井生俊介:「僧侶 x 経営者 x 経理 x 宅建士」“四足”のわらじの生き方♪

井生俊介:「僧侶 x 経営者 x 経理 x 宅建士」“四足”のわらじの生き方♪サムネイル画像_音TOWN

趣味として大学時代から合唱と関わり続け、お仕事は金融関係で欧米の海外駐在を経験。

働きながらオーストラリアの大学MBA(経済学修士)を取得し、会社経営をしながら仏教系の大学に通い僧侶に。

その一方、社会貢献の一環としてNPO法人の経理も担当した後、(音TOWN運営の)株式会社ソナーレさんとのご縁で宅建士の資格まで取ってしまった方がいらっしゃいます。

井生(いおう)俊介さんは、まるで一人の人生とは思えない複数の道を一つに繋いで歩んで来られました

昭和33年(1958年)生まれの67歳ですが(取材時)、お話の中で印象的だったのは、「一生学び続ける姿勢」です。

何歳になっても学びを続け、スキルアップだけでなく「徳を積む」井生さんの人生には、これからさらに多様化、デジタル化が進む現代をどう生き抜くかのヒントがたくさん散りばめられていました。

『音TOWN』(おんたうん)は、『音楽“と”生きる街』をコンセプトに、クラシック・ジャズ・ポップス・吹奏楽などと関わりながら個性豊かに生きる「人」「お店」「団体」「会社」や、音楽家に必要不可欠な「お金・健康」の情報をお届けしています♪

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この特集は『音楽 x ◯◯』のように、複数の職業を掛け合わせて活動をしている方(“二足のわらじ”の方)をご紹介するコーナー。

音楽(演奏)以外のスキルを組み合わせる柔軟性・知識が、多様化する現代をより「ポジティブ」「ハッピー」に過ごすヒントになれば幸いです!

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この記事を読むと役に立つ人は!?

・一般職と音楽(演奏)活動の両立を考えている方
・音楽以外にも好きな事、得意な事があり、それを生かしたい方
・音楽以外でも「スキルアップ」「キャリアアップ」したい方

読んだらどんな良い事が!?

・他分野で生計を立てながら音楽活動を継続する方法が分かる
・音楽以外に本業があっても、音楽を生かして「複業」「副業」をする方法を知る事ができる
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音大生のための“働き方”のエチュード/著:藤井裕樹
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慶應ワグネルで出会った音楽と、初めての海外経験


「ワグネル・ソサィエティー男声合唱団」のHP>

藤井:井生さんには、僕が音楽ディレクターと、活動終了前の少しの間、代表理事を務めた「NPO法人ネクストステージ・プランニング」で経理をお願いしていたんですよね。

慶應義塾大学「ワグネル・ソサィエティー男声合唱団」出身で音楽にも理解があり、NPOの経理ができる方なんてなかなかいらっしゃらないので、とても有り難かったです。

当時、僕は人事や経理にあまり関わっていなかったので、それ以外の経歴は把握していなかったんですけど、冒頭でもご紹介させていただいたように、なんだか凄い人生ですよね!?

まずは大学時代のお話から聞かせてください。

井生:私は北九州出身の印刷屋の息子で、慶應義塾大学の経済学部に受かって上京し、在学中はワグネル・ソサィエティー男声合唱団に在籍していました。

当時から「年に一回は海外へ出よう」という意識がありましたね。

旅行でアメリカ中国にも訪れ、そういった経験の中で、少しずつ英語にも慣れていったように思います。

フリーランス音楽家の海外旅行・旅育を特集する音TOWNインタビュー記事サムネイル(前編)
『高橋真太郎:フリーランス音楽家でもできる「海外旅行」「旅育」!?親子で人生を豊かに♪』

ワグネル・ソサエティーには、オーケストラ男声合唱女声合唱の3つがあるんですが、合同でのヨーロッパツアーでは、ザルツブルク祝祭大劇場や、ブレゲンツのオペラハウスでベートーヴェンの第九を演奏しました。

ザルツブルク・モーツァルテウム大学の学生との交流会などもあり、今振り返ると、その頃から海外へ目が向いていたのかもしれませんね。

後にニューヨークロンドンで仕事をしたり、オーストラリアの大学MBAを取得する事になりますが、こうした学生時代の経験がその土台になっていたように思います。

生命保険会社へ就職。事務からシステムエンジニアへ!?

<ニューヨーク・カーネギーホール/ウィキペディアより引用>

藤井:大学卒業後は、まず生命保険会社に就職されたんですよね。

井生:住友生命に就職し、最初の赴任地は広島県福山市でした。

事務職で、音楽活動はせず、近くのコンサートホールに朝比奈隆さん指揮の大阪フィルの公演を聴きに行ったりする程度でしたね。

その後、大阪本社へ転勤になり、システム部でシステムエンジニア(SE)の仕事をする事になりました。

藤井:経済学部出身で、事務職からSEというのは、現在の感覚だとレアですよね。

井生:今とはだいぶ違う時代でした。

当時はまだ「IT」という言葉も一般的ではありませんでしたし、理系の大学や専門学校を出た人がSEとして就職する時代でもなかったんです

私のように、文系で事務をやっていた人間が、社内で研修を受けてSEになる

そういう事が普通にありました

それに、昔は専門の会社が作ったシステムを社外から導入するのではなく、社内で作る時代でしたから、保険(本業)の知識も必要だったんですよ。

単にコンピューターだけ分かれば良いのではなく、業務の中身も理解していなければいけなかったんです。

その後、東京に転勤になるんですけど、この頃からワグネルOB合唱団などで音楽活動を再開する事ができました。

シドニーのオペラハウスボストンのシンフォニーホールニューヨークのカーネギー・ホールで演奏した経験もあります。

藤井:音楽を職業にしていたわけではないですけど、かなり本格的に続けていたんですね。

井生:そうですね。仕事の傍ら、音楽はずっと自分の中にありました

東京に残るための転職。そしてニューヨーク、ロンドンへ


日英音楽協会HPより引用>

藤井:次は、生命保険会社から銀行へ転職されたそうですね。

井生:住友生命の後は、日本債券信用銀行(以下「日債銀」)、現在のあおぞら銀行に転職しました。

藤井:どうして転職されたんですか。

井生:保険会社は2年おきくらいに転勤があるのが普通で、また地方勤務になる可能性が高かったんですよ。

ワグネルOB合唱団など、趣味の音楽を続けるためにも、東京に残りたかったんですよね。

藤井:ところが、地方どころか海外赴任になったそうで(笑)

井生:幸か不幸か、そういう事になります。

日債銀には当時、ヨーロッパ全体を担当するロンドンと、北米担当のニューヨークに駐在員がいました

これまでの海外経験もあり、当時の日本では比較的英語が話せるほうでしたので、「井生、お前、行ってこい」と。

ニューヨークに1ヶ月、それから、ロンドンの他、パリチューリッヒ(スイス)フランクフルト(ドイツ)などにも合計1ヶ月ほど滞在した後、ロンドンの駐在員になり、3年半ほどイギリスで過ごしました

藤井:学生時代からの海外経験や英語が、ここでかなり活きていますね

井生:そうかもしれません。

ロンドン滞在中には、ちょうど日英合唱団という団体が設立され、私はその創立メンバーとして参加し、ケンブリッジ大学の教会などでも演奏する事ができました

思わぬ海外赴任でしたが、そこでも合唱に関わる事ができたのはラッキーでしたね。

銀行破綻、出向、そして働きながらMBA取得へ


<オーストラリア・ボンド大学/ウィキペディアより引用>

藤井:日債銀という銀行、実は僕、名前すら知らなかったんですけど、調べてみたら経営破綻しているんですね。

井生:バブル崩壊後に経営破綻して、公的資金によって立て直しを図る事態に陥ったんですよ。

いずれ自分も解雇される(リストラに遭う)可能性が高いと考えました。

そこで、自分自身のスキル(キャリア)アップが必要だと感じ、とりあえず仕事は続けて生活費や学費を稼ぎ、オーストラリアのボンド大学の授業を受け、MBA(経済学修士)を取得する事にしました

藤井:日本で働きながら、オンラインでMBAを取られたんですね。

井生:今では一般的になったかもしれませんが、当時としては世界初の試みだった気がします。

ただし、すべてが日本で完結するわけではなくて、現地でしか取れない単位があったので、年に何回かはオーストラリアへ行きましたよ

藤井:仕事も相当大変な時期だったのではないでしょうか。

井生:銀行破綻後は、福岡のあるメーカーに出向しました。

その後、東京に戻って、また別のお役所的な会社へ出向しています。

早朝に帰宅するような事も頻繁にある中で仕事と学業を両立させたので、相当頑張りましたね

藤井:英語力もかなり必要だったのでは?

井生:授業では、(オンラインなので)タイピングで、ネイティブの学生とディベートするような事もありました。

銀行で使う英語とはまた違う、ハイレベルな語学力を求められましたね

現地でしか取得できない単位の授業はTOEICで800点くらいないとダメだったので、仕事、ボンド大学と同時進行で、さらに英語学校にも通ったんです

その甲斐あって、2年ちょっとでMBAを取得できました。

李登輝元総統の言葉と、僧侶への道


<井生さんが籍を置く「見樹院」のサイト/公式HPより引用>

藤井:MBAの学びが、その後の仏教や僧侶の道に繋がっていくというのも、かなりユニークですね。

井生:卒業直前に、台湾の李登輝元総統による授業があったんです。

藤井:そんな講義もあるんですね。

井生:その中で彼は、「リーダーは宗教心を持つべきだ」という趣旨の話をされたんですよ。

私自身、ボンド大学で学び、卒業が近づく中で「どうすれば組織を動かすリーダーになれるのか」を考えていました。

いろいろな知識やスキルはもちろん必要です。

ただ、「最後はその人の人徳ではないか」と感じたんです

その考えと、李登輝先生の言葉が結び付きました

藤井:経営やリーダーシップを突き詰めていった先に、「宗教」「人徳」というテーマが出てきたわけですね。

井生:そうです。

「徳を積むには、宗教を学ぶと良いのではないか」

そう考えて、ワグネルの先輩でもあり、現在の師匠である大河内秀人住職に相談しました。

「僧侶になるには、大正大学の仏教学科に入学して2年間勉強しなさい」

とアドバイスを受け、その道を目指す事になりました。

ちなみに、大河内住職ご自身も慶應を卒業後に大正大学に編入して僧侶になった方です。

当時、私は50歳。

僧侶になるには大学のカリキュラムだけではダメなんです。

「師僧」、つまり師匠を見つけて弟子入りし、お寺で修行しなければなりません

私の場合は、大河内住職が迎え入れてくださいました

会社経営、NPO経理、そして大正大学での学び

大正大学・仏教学科のHPより引用>

藤井:その頃には銀行は退職されていたんでしょうか。

井生:ボンド大学を卒業して1年後くらいに銀行を辞め、自分で小さな会社を立ち上げました

有限会社Hoips Inc(ホイップスインク)という会社です。

MBAで学んだ事を生かして、上場を目指す会社の役員を委託され、2社掛け持ちしていました。

他には、社会貢献として、NPOの会計や経理にも関わりましたね

このNPO経理の経験が、後に「NPO法人ネクストステージ・プランニング」さんとのご縁に繋がっていきます

藤井:大正大学には、これらの仕事を続けながら、社会人向けの夜間や通信ではなく、普通に通われていたんですよね!?

井生:一般の学生と同じように通っていました

雇われの会社員ではなく、経営者でしたので、時間のやりくりは何とか自分でコントロールできたんですよ

もちろん、その時期もワグネルOB合唱団の活動は続けていました

藤井:とは言え、学業、仕事、音楽、そして修行。かなりの同時並行ですね…

そのバイタリティー、モチベーションはどこから生まれるんでしょうか?

井生:おそらく私は「とにかく学ぶ事が好き」なんだと思いますね。

それに、「学ぶからには本物を知りたい」という気持ちが強く、「始めたら最後までやらないと気が済まない性分」なのかもしれません。

20年間、朝5時半に起きて増上寺へ


<増上寺/ウィキペディアより引用>

藤井:現在も僧侶としての活動は続けているんですよね。

井生:僧籍(所属)は大河内住職がおられる浄土宗の見樹院で、月に何度か法要を行っていますし、葬儀に関わる事もあります

さらに、この20年間、ほぼ毎日、朝5時半に起きて増上寺にお勤め(お経を唱えたり、掃除をしたり)に通っています

お話しさせていただいたように、継続は得意なのかもしれません。

師僧から教えられた「同じ事を、同じ場所で、同じ時刻に」が「行」に通じるんですね。

ソナーレとの関わり。NPO経理から宅建士へ!

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藤井:冒頭でもご紹介させていただいたように、僕との接点は、2018年頃に「NPO法人ネクストステージ・プランニング」(以下NSP)の経理として関わっていただいたのが最初ですよね。

井生:そうでした。

NPOの経理は専門性が高く、単に「簿記2級を持っています」のような感じでは、なかなか対応できません

一般企業の経理とは違う部分がありますし、NPOならではの考え方や処理も必要です。

藤井:NSPの協賛企業の一つが、この『音TOWN』運営の「株式会社ソナーレ」さんだったご縁で、NSPだけでなく、グループ会社の「株式会社ラスカル保証」で経理業務を行うようになったんですよね。

その後、なぜ宅建士の資格を取られたんでしょうか。

井生:代表取締役の丸山和明さんから、何気なく「宅建士を取ったらどうですか?」と言われたことがきっかけです

言われたら、やってみようと

藤井:本当やってしまうところが、学ぶのが好きな井生さんらしいです(笑)

宅建士って難関の国家資格で、不動産会社の全従業員が取得しているわけではないじゃないですか。

なかなか受からない人も多い中、丸山さんも「井生さんなら成し遂げるんじゃないか」と思ったんでしょうね。

挫折を力に変えソナーレで学んだ感謝と貢献の生き方を語る丸山和明さんのインタビュー画像
『丸山和明:挫折の経験を武器に!ソナーレで学んだ「感謝と貢献」の生き方♪』

井生:現在はソナーレさんの業務委託として、宅建士の資格がないとできない(やってはいけない)重要事項説明(重説)の仕事も請け負っています

重説で担当した入居者の音楽家さんのコンサートや、ソナーレのアルバイトさんのコンサートなどにも結構聴きに行っていますよ。

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音大は「飯を食う事」を教えていない!?

藤井:NSPソナーレさんとの関わりを通して、音大生や若い音楽家さんとの接点も多いと思いますが、井生さんのように様々な学びを続けてきたご経験からどんな事を感じますか

井生:多くの音大生や若い音楽家を見て感じるのは、「音大は “飯を食っていく事”を教えていないのではないか」という点ですね。

もちろん、音楽を専門的に学ぶ場所ですから、それ自体は大切です。

ただ、「卒業後にどうやって生活していくのか」「仕事としてどう成り立たせるのか」、そういった部分は十分に教えられていないのかもしれません

藤井:音楽の技術と、社会で生きる力は別物ですよね。

井生:その点は、例えば仏教系の大学も同じだとは思うんです。

学問として学ぶだけでは、僧侶として食べていけるわけではありません

ただ、我々の場合は同時にお寺で修行を行います

つまり、現場に出る

お寺の運営や法要、檀家さんとの関わりなど、実践の中で学ぶ事があって、学生でありながら、すでに社会に出ているんですよ。

音楽家も、演奏だけでなく、社会の中でどう生きるかを、学生全員がもう少し早い段階で学ぶ機会があっても良いのではないでしょうか。

私自身も今、僧侶だけで飯を食っているわけではありません

会社経営経理MBA宅建士の資格もあり、三足、四足の草鞋で飯を食っています

これからの時代、音楽家にも、もっとそういう人がいても良いのかもしれません

音大生のための“働き方”のエチュード/著:藤井裕樹
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二足、三足の草鞋は「逃げ」ではなく、生きるための技術

藤井:音楽家さんの中には、音楽以外の仕事をする事に抵抗を感じる方も一定数いると思います。

井生:そうかもしれませんね。

ただ、私はそれを悪い事だとは思いません

むしろ、複数の仕事や資格を持つ事で、自分の生き方に奥行きが生まれます

一つの仕事だけに依存しなくても済みますし、それぞれの経験が他の仕事にも生きてきますよね

宅建士として仕事をする時にも、音楽家や音大生の事情を知っている事は強みになりますよ

資格や仕事は、単独で見ると珍しくないかもしれません。

ただ、それらを組み合わせる事で、その人ならではの個性や役割が明確になっていきます

僧侶、会社経営、経理、宅建士、音楽

私の場合は、それぞれが別々のものではなく、どこかで一つに繋がって「井生俊介」になっているわけですね。

サックス奏者で宅建士・賃貸管理士としても活動する井出慎二さんのインタビュー画像
井出慎二:「サックス奏者 兼 宅建士/賃貸管理士」という生き方♪

学ぶ事は「貧困からの脱出」だった


藤井:
今後はどのような人生設計をされていますか。

井生:やはり、一生勉強を続けていきたいと思っています。

今は行政書士の勉強もしていますよ

もともと九州の田舎から出てきた私にとって、「勉強は貧困からの脱出」で、祖父母や両親からもそのような教育を受けてきました

「学ぶ事で、違う世界に行ける」

「自分の可能性を広げる事ができる」

そういう感覚があったんだと思います。

先ほどもお話ししたように、

「学ぶからには本物を知りたい」

「中途半端に終わらせたくない」

そして、

「学んだ事は自分だけのためではなく、誰かの役に立てたい」

と思っています。

音楽家や音大生が、演奏だけでなく、自分の生活や将来をきちんと考えられるようになる

そのために、自分の経験が少しでも役立つなら嬉しいですね

音楽家にも、社会とつながる学びを


「NPO法人ネクストステージ・プランニング」のHP>

藤井:最後に、若い音楽家さんや音大生に向けて伝えたい事はありますか?

井生:音楽を一生懸命やる事はもちろん大切です。

ただ、それだけではなく、社会の仕組みを知るのも同じくらい大切ですよね。

税金、契約、不動産、経理、法律、経営 etc.

音楽とは直接関係ないように見えるかもしれませんが、実際に社会で生きていくうえでは避けては通れません

音楽家は、個人事業主として生きていく人も多いでしょう。

そうであれば、自分の身を守る知識も必要ですし、生活を成り立たせる力も求められます

藤井:音楽を続けるために、音楽以外も学ぶという事ですね。

井生:それは決して、音楽から離れる事ではありません

むしろ、音楽を続けるための土台になるんじゃないでしょうか。

藤井:音楽一本で生きる事が理想だとしても、現実には社会も時代も変化していきます

その中で、自分をどう支えるか、アップデートしていくかが大事になりそうですね。

井生:正に「一生勉強」

そして、例え僧侶ではなくても「“徳を積み続ける事”で、人生はより豊かになっていく」のではないでしょうか。

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井生俊介(Shunsuke Io)

1958.7.17生まれ 福岡県北九州市出身

1982年慶応義塾大学経済学部卒

2005年豪州BOND大学経営学修士(MBA)終了

宅地建物取引士

住友生命保険相互会社、日本債券信用銀行、産業基盤整備基金を経てファシリティコンサルティング会社Hoips inc代表取締役

浄土宗大本山増上寺にて伝宗伝戒道場を成満 浄土宗教師となる。

浄土宗小石川見樹院執事。

大学入学に初めた声楽の音楽歴は、50年近くとなる。

ニューヨークカーネギーホール、シドニーオペラハウス、ザルツブルグ祝祭劇場等国内外演奏経験あり。

慶応ワグネルOB合唱団、ニューヨークグリークラブ所属 声域はバリトン

趣味は、スキューバダイビング、芝居見物

座右の銘 「情操なき人間は木石に劣る」

惹句 「唄って祈れる宅建士」

著書 「鑑賞日記」「自分たちのMBA(共著)」

藤井裕樹

藤井裕樹/音TOWNプロデューサー

【株式会社マウントフジミュージック代表取締役社長・『音ラク空間』オーナー・ストレッチ整体「リ・カラダ」トレーナー・トロンボーン奏者】 1979年12月9日大阪生まれ。19歳からジャズ・ポップス系のトロンボーン奏者としてプロ活動を開始し、東京ディズニーリゾートのパフォーマーや矢沢永吉氏をはじめとする有名アーティストとも多数共演。2004年〜2005年、ネバダ州立大学ラスベガス校に留学。帰国後、ヤマハ音楽教室の講師も務める(2008年〜2015年)。現在は「ココロとカラダの健康」をコンセプトに音楽事業・リラクゼーション事業のプロデュースを行っている。『取得資格:3級ファイナンシャル・プランニング技能士/音楽療法カウンセラー/メンタル心理インストラクター®/安眠インストラクター/体幹コーディネーター®/ゆがみ矯正インストラクター/筋トレインストラクター』