森田耕:「トロンボーン奏者 兼 草津温泉のカフェオーナー」という生き方【前編】
千葉県浦安市の某テーマパークのトロンボーン奏者を経て、草津へ移住。観光協会のお仕事を経験した後、ご自身のお店『森田コーヒー』をオープンし、カフェーオーナーとなった森田耕(こう)さん。
それぞれの場所での「学び」「出会い(ご縁)」「経験」を生かし、フレキシブルに生きる森田さんのユニークな人生には、これからの音楽家さんの人生設計にも役立つ「情報」や「考え方」が満載でした!
(【前編】【後編】に分けてお届けします♪)
『音TOWN』(おんたうん)は、『音楽“と”生きる街』をコンセプトに、(プロアマ問わず)音楽家がより生きやすくなるために、主に音楽以外の有益な情報をお届けしています。
この特集は『音楽 x ◯◯』のように、複数の職業を掛け合わせて活動をしている方(“二足のわらじ”の方)をご紹介するコーナー。
音楽(演奏)以外のスキルを組み合わせる柔軟性・知識が、多様化する現代をより「ポジティブ」「ハッピー」に過ごすヒントになれば幸いです!
この記事を読むと役に立つ人は!?
・この先「音楽一本」で食べていく事に不安を感じている方
・音楽以外にも好きな事、得意な事があり、それを生かしたい方
・「地方移住」に興味のある方
読んだ後に解消される不安は!?
・「プロの音楽家は音楽以外の仕事をしてはいけない」という先入観から解放される
・「副業」「複業」探しの選択肢が広がる
・「地方移住」という選択肢を知り、視野、可能性が広がる
テーマパークの仕事で学んだ大切な事とは!?
藤井:本日のゲストは、「トロンボーン奏者」兼、草津温泉で『森田コーヒー』を経営している森田耕さんです。よろしくお願いします!
早速ですが、簡単に経歴を教えてもらっても良いですか。
森田:こんにちは。森田耕と申します。
トロンボーンは、よくあるパターンで中学校の吹奏楽部で吹き始めて、高校も吹奏楽部。その後、日本大学芸術学部の音楽学科に進学しました。
大学のカリキュラムはクラシック中心だったんですけど、在学中から遊園地や商業施設にバンドを派遣している事務所からお仕事をもらっていましたね。
そこで「本番、人前でコンスタントに安定して演奏(パフォーマンス)するスキル」を学ばせていただいたんです。
卒業後はしばらくフリーランスを経験し、その後、千葉県浦安市の某有名テーマパークのバンドに入団。約13年所属していました。
2016年に群馬県(吾妻郡)草津町に移住し、5年ほど観光協会に勤務した後、2022年5月に、この『森田コーヒー』をオープン。今、2年半くらいが経過したところです。
森田:お呼びがかかれば都内のライブハウスや、テーマパークのイベントなどにも出演させてもらっていますよ。
藤井:森田さんと僕はテーマパーク時代に、お互い違うバンドだったんですが、トロンボーン奏者同士で同時期を過ごさせてもらっていて、それとは別に、僕(藤井)が主宰していた「Hero’s Brass」という金管アンサンブルにもメンバーとして参加していただいていたんですよね。
最後に会ったのは10年近く前で、テーマパークの出演メンバーで都内で飲んだ時だと思うんですけど、しばらくお会いしていなかったら、なんと草津に移住して「トロンボーン奏者 兼 カフェオーナー」になっているという…笑
そんなユニークな人生を送っている森田さんを深掘りしていきたいと思っています!
<最後に会った2015年の写真/左上が森田さん・右下が藤井>
藤井:僕たちの共通点は、「テーマパークの仕事を経験した後、トロンボーン(音楽事業)もやりながら異業種の店舗を経営している」という事じゃないですか。
世界トップレベルのサービス業の「ホスピタリティ」を経験させてもらったと言っても過言ではないと思うんですけど、森田さんはテーマパーク時代、どんな学びがありましたか。
森田:まずは「コンディション管理の大切さ」ですかね。
藤井:あの環境で、体調の管理だったり、演奏クオリティを維持し続けるのは大変でしたからね…
森田:最初の半年くらいは特に苦労しました。
所属していたバンドは「ブラスロック」中心で、リード(1st)パートだったので、譜面に書かれている音がとにかく高いんです。
野外演奏で大きな音を出さないといけないですし。
マウスピースを押し付け過ぎて、毎日唇やその周りが痛くて、お風呂でシャワーのお湯を当てて疲れを取ったりしていました。
「いかに負担の少ない奏法にしていくか」や、(一般的な音楽の現場より朝が早いので)「いかに効率良くウォームアップするか」を突き詰めていった結果、何年かしたらあまり崩れなくなっていきましたね。
藤井:テーマパークのショーの仕事が他の一般的な演奏の仕事と違うのは、「1日に約20分のショーを数回、年間を通して週に5〜6日、暑い夏も寒い冬も休まず、ゲストの前で(我々の所属バンドは野外で)提供し続ける」という点です。
僕たちにとっては「日常」でも、お客様にとっては「非日常」で、(常連・リピーターさんもいらっしゃいますが)基本的には「1回きり」のパフォーマンスですからね。
森田:最近、音楽ではない、職人的な人とも話していて共感し合えた事なんですけど、仮に自分が体調が悪くて60点のパフォーマンスしか出せなかったとしても、「聴いてくださるお客様には80点以上に伝わるように心がける」という「安定」「アベレージ」をすごく意識していました。
アマチュアの場合だと、「1年に1回のコンサートのために全力を尽くして120点を出す」という形もありですが、テーマパークの仕事の場合は、(決して20点分手を抜くという意味ではなく)「年間を通して常に80点以上を目指す」という感じですよね。
藤井:おっしゃる通りですね。
ちなみに僕がもう一つ印象に残っている学びは「一般のお客様目線でサービスを提供する」という事なんです。
オーケストラのコンサートやビッグバンドのライブのお客様って、基本的には音楽自体が好きな方で、それを目当てに足を運んでくださるわけじゃないですか。
でも、テーマパーク・遊園地に来る方は、パレードやキャラクターが出演しているショーだったり、乗り物だったり、食事だったりが目的で、我々がメインではない方がほとんどですよね。
クラシックやジャズなど、特定のジャンルだけで仕事をしていると、どうしてもマニアックになりがちなんですけど、「一般のお客様に音楽を楽しんでいただくためにはどんな選曲が受けるのか・どんなMC/演出があると聴いてもらえるのか」などを身をもって体験出来た事が、今、全ての仕事に生かされていると感じます。
森田:僕も参加させてもらった「Hero’s Brass」は、その学びが生かされている内容でしたね。
一般のお客様にも分かりやすいし、ある程度ジャズが好きな玄人でも楽しめる選曲やステージングになっていました。
マニアックな内容になると、一般の方はポカーンとしてしまいますからね…
<Hero’s Brassのコンサート/右から3番目が森田さん・右端が藤井>
藤井:接客業の面から見ても「学び」が大きかったですよね。
森田:やはりあそこは「世界一のテーマパーク」と言われていて、接客スキルも高く、日本中の会社が研修に取り入れるような一流企業じゃないですか。
我々バンドメンバーは直接研修を受けてはいないですけど、関わる従業員やキャストからは、「どんなふうに笑顔で接客しているか・話しかけているか」などを自然と学ばせてもらいましたよね。
今、こうしてカフェで接客をするうえでも本当に役に立っています。
テーマパークバンドを退団、そして草津へ移住!
<草津温泉のシンボル「湯畑」/森田コーヒーからは徒歩で約15分>
藤井:約13年務めたテーマパークの仕事に区切りを付けて、その後、草津に移住されたそうですが、どのようないきさつがあったんですか。
森田:まず一つ、ちょうど40歳を迎えるタイミングだったというのはあります。
体力的にも決して楽な仕事ではなかったですし。
もう一つは、実は当時、結婚を前提にお付き合いをしていた女性(今の奥さん)も草津温泉でイベント関係のお仕事をしていて、僕よりも前に移住してきていたんですよね。
こっちで知り合った人たちと飲んだりしている時に「お前はいつ草津に来るんだよ!?」というような声をかけてもらっていたんです。
「あ、そういう生き方もあるのか?」と…!
<「湯もみショー」の様子>
<こけら落としイベントでの演奏の様子/中央は草津温泉観光大使の「ゆもみちゃん」>
森田:草津温泉は「湯もみ」というのが有名なんですが、テーマパークを辞める事になる最後の年のゴールデンウィークに、リニューアルされた「湯もみショー」の施設の「こけら落とし」のイベント演奏を任されたんです。
4人で野外を練り歩くパフォーマンスだったんですけど、大好評だったんですよね!
普段のテーマパークの仕事と違って、「自分が企画をする・仕切る」という経験をし、しかもそれが好評で、街の人もウェルカムな気持ちで受け入れてくれている。
結婚も決めていたので、「じゃあ、ここでテーマパークの仕事は一区切り。草津へ移住しよう!」と決心する事が出来ました。
藤井:なるほど! 僕もちょうど40歳を迎える年に起業(法人成り)したんですけど、「30代から殻を破って次のステージに進もう」というような事を考えましたね。
森田:40歳だったり、もしかしたら50歳もそうかもしれないですが、誰しも自分の人生を見直すタイミングがありますよね。
ちょうどその時、観光協会で働き手の募集もしていて、転職もスムーズにいったのはラッキーでした。
観光協会で挑んだ「観光地・地方ならでは」の課題とは!?
<観光案内所/「湯もみショー」の入り口>
藤井:観光協会ではどんな仕事をされていたんですか。
森田:先ほどお話しした「湯もみショー」など、観光協会が企画しているイベントの受付、運営、プロモーションなどがメインの仕事でした。
その他、「草津温泉が観光地として、地方の一つの町として抱えている課題に対して、町の人たちとどうやって解決していったら良いのかを考える部会・事業」があって、その担当者も経験しましたね。
藤井:僕のように(取材で)2回しか訪れていない人間から見ると、人気があって盛り上がっている観光地のように感じてしまうんですけど、具体的にはどんな課題を抱えていて、どんな取り組みをしていたんですか。
森田:おかげさまで草津温泉はたくさんのお客様が来られているんですけど、僕が働き始めた今から8年前くらいだと、「これからインバウンドの外国人観光客を呼び込むための『デジタルマーケティング』はどうあるべきなのか」を話し合ったり、現在足を運んでくださっているお客様が何を求めて来てくださっているのかをリサーチしたりしていました。
あとは、これはどこの地方でも同じ課題を抱えているように思うんですけど、「働き手の人材不足」の問題です。
藤井:少子高齢化の問題も、地方は首都圏や大都市よりも深刻ですよね。
森田:特に「若い世代がわざわざ草津に移り住んでまで働いてくれるにはどうしたら良いのか」「どこに魅力を感じてくれるのか」をリサーチしたり、それを伝えるためのイベントや事業を企画したりもしましたね。
もちろんこれは、今も継続して行われていると思います。
藤井:これって「観光地のマーケティング事業」ですよね。
この仕事をするにあたって、ある意味「世界一集客に成功しているテーマパーク」で働いた経験のある森田さんのご意見は重宝されたんじゃないですか。
森田:そうなんです。テーマパークでの体験談には旅館の女将さんなんかはすごく興味をもって耳を傾けてくれました。
例えば、従業員に対してどういったインセンティブ(報酬・評価 etc.)を与えていく事がモチベーションの向上につながっていくかといった話ですね。
実際、従業員の退職理由のアンケートを取ってみると、従業員側が書いてくる内容と、経営者側が把握している内容が食い違っている事例がよくあったんです。
典型的な例だと、従業員は経営者に対して「家族の体調が悪いので実家に戻らないといけない」といった理由で退職を申し出ていて、「じゃあ仕方ないね…」みたいなやり取りになっているんですけど、実際には「人間関係が悪かった」とか「給料が安かった」のが本当の理由なんですよ。
藤井:僕も小さな会社の経営者ですけど、耳が痛いというか…
地方だけでなく、どこにでも起きる問題ですよね。
森田:なかなか100%の解決というのは難しいと思うんですが、草津温泉では、若い世代の経営者さんたちが危機感をもって、悩んで、解決策を模索しているのが救いと言えるかもしれません。
ちなみに、東京だと電車で30分〜40分くらいの通勤だと、比較的「近い」という感覚かもしれないですけど、地方で車で同じくらいの通勤時間だと「遠い」という感覚になってしまって、なかなか(群馬の)都市部から働きに来てもらえないという課題もありますね。
この辺りをもう少し掘り下げていくと、もっと問題解決に近付くかもしれないです。
観光協会を辞め、“三方良し”のカフェオーナーに転身!
<『森田コーヒー』の外観>
藤井:今度はそんな観光協会でのお仕事に区切りを付けて、今、こうして『森田コーヒー』のオーナーになっているわけですが、どのようないきさつだったんでしょうか。
森田:観光協会で担当していた事業ともリンクしてくるんですよね。
先ほどもお話しした若い経営者さんというのは、僕と年が近い40代、50代の経営者さんなんですけど、懇親会で一緒にお酒を飲みながら夜遅くまで語り合ったりする事もあったんですよ。
草津は小さな町ですし、チェーン店もほとんどなくて、いわゆる小規模事業者さんの集まりなんです。
そういった人たちとの交流を通じて、
「観光協会での一職員でいるよりも、自分も一人の事業者としてお店を経営してみるのも良いんじゃないか」
「同世代の経営者さんたちと問題解決、切磋琢磨しながらお店をやるのは、大変だけど楽しいんじゃないか」
と思うようになっていったんですよね。
観光協会では、「お客様のニーズ」や「街の状況を把握する仕事」をしていたので、「そのマーケティングデータに基づいたお店をやれば、問題解決の一助になるのでは?」とも考えました。
<『森田コーヒー』で提供しているモーニングのピザトースト>
森田:例えば、当店は朝8時から営業しているんですけど、「朝食を食べられる場所が少ない」というのは、実際に「お客様の要望」として挙がっていたんですよね。
人手不足の影響で、「素泊まり」にせざるを得ないところが増えているんですよ。
藤井:僕が今回泊まっている旅館も「素泊まり」でしたが、そういう事情があるんですね。
森田:板前さんを雇えなかったり、雇えたとしても、料理を運ぶ仲居さんが足りなくて、であれば、「維持費や光熱費のかかる厨房をなくしてしまい、素泊まりにして客席を増やしたほうが合理的だ」となってしまうんです。
結果、宿泊施設の業務自体は効率化されて良いんですけど、お客様が朝食を食べる場所の受け皿は絶対的に足りなくなってしまいますよね。
藤井:なるほど…
森田:さらに言うと、藤井さんは今日、電車とバスを使って草津に来て、15時頃着いたと思うんですけど、その時間帯も、夜の営業の準備で一回お店を閉めるところが多いんです。
なので、
「他が閉まっている時間帯に開いている飲食店をやれば、町のためにも、お客様のためにもなって、結果、自分の食いぶちの確保にもなるのでは?」
と考えました。
藤井:正にビジネスに大切な「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の『三方良し』の考え方ですね!
観光協会で得たデータというのは、あくまでデータであって、ある意味「机上の空論」と言えるかもしれないですけど、そのデータを実際に使って、お店という形にした「行動力・実践力」が素晴らしいと思います!
森田:もちろん、データ通りにいかない事もあるし、商売をやっていると、単純に波もありますが、やりがいがあって楽しいですよ!
本当に良いお客様が多くて、月並みですけど、「美味しかったよ」「また来るね」という言葉は心に響きますよね。
テーマパークや観光協会の仕事もたくさん学びはあったんですが、こうして自分で一からお店を作って、何もかも自分で決めて仕事、経営をするというスタイルは自分の性に合っているんじゃないかと感じます!
→【後編】へ続く(コロナ禍で挑戦した「演奏以外のスキルの身に付け方」、音楽家さんにも役立つ「失敗しない店舗経営」の話、「音楽家とカフェの両立」の話、「経験した大病」の話など、盛りだくさんでお送りします!)
森田耕(Ko Morita)トロンボーン奏者/『森田コーヒー』オーナー
1976年東京都千代田区生まれ。
5歳よりバイオリン、9歳よりピアノ、12歳よりトロンボーンを始める。トロンボーンを丸山博文、清岡太郎、小泉邦男、古賀慎治、故永濱幸雄の各氏に師事。
日本大学芸術学部音楽学科卒業。在学中よりビッグバンド、ディキシーランドジャズ、オーケストラ、スタジオ、遊園地等、さまざまな環境での演奏活動を通じて、ほとんどのジャンルをこなせるフレキシビリティの高さと、抜群のスタミナ、音量&音域&音色の幅広さを獲得。
トロンボーン奏者として活動した後、草津温泉で信号ラッパや豆腐ラッパを吹いたりしています。
森田コーヒー(moritakoffee)
〒377-1711 群馬県吾妻郡草津町草津454-6
営業時間 8:00-18:00 不定休(営業日は下記GoogleマップやSNSをご覧ください)
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藤井裕樹/音TOWNプロデューサー
【株式会社マウントフジミュージック代表取締役社長・『音ラク空間』オーナー・ストレッチ整体「リ・カラダ」トレーナー・トロンボーン奏者】 1979年12月9日大阪生まれ。19歳からジャズ・ポップス系のトロンボーン奏者としてプロ活動を開始し、東京ディズニーリゾートのパフォーマーや矢沢永吉氏をはじめとする有名アーティストとも多数共演。2004年〜2005年、ネバダ州立大学ラスベガス校に留学。帰国後、ヤマハ音楽教室の講師も務める(2008年〜2015年)。現在は「ココロとカラダの健康」をコンセプトに音楽事業・リラクゼーション事業のプロデュースを行っている。『取得資格:3級ファイナンシャル・プランニング技能士/音楽療法カウンセラー/メンタル心理インストラクター®/安眠インストラクター/体幹コーディネーター®/ゆがみ矯正インストラクター/筋トレインストラクター』