寺本昌弘:熊本を拠点「システムエンジニア 兼 トロンボーン奏者」という生き方♪
プロも出場可能なコンペティションで1位を獲得し、出身地の熊本だけではなく、東京、大阪、福岡、長崎でもリサイタルを開催するなど、もはやプロと言っても過言ではない実力とご活躍のアマチュアトロンボーン奏者、寺本昌弘さん。
先日、三原田賢一さんの取材で熊本を訪れた際にご紹介いただきました。
突発性難聴を発症するなど、苦労もあった音楽人生から見出した「音楽との関わり方・向き合い方」「音楽家の価値を下げないために大切なお金の話」はプロも必見です!
『音TOWN』(おんたうん)は、『音楽“と”生きる街』をコンセプトに、(プロアマ問わず)音楽家がより生きやすくなるために、主に音楽以外の有益な情報をお届けしています。
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この特集は『音楽 x ◯◯』のように、複数の職業を掛け合わせて活動をしている方(“二足のわらじ”の方)をご紹介するコーナー。
音楽(演奏)以外のスキルを組み合わせる柔軟性・知識が、多様化する現代をより「ポジティブ」「ハッピー」に過ごすヒントになれば幸いです!
この記事を読むと役に立つ人は!?
・一般職と音楽(演奏)活動の両立を考えている方
・音楽以外の仕事をメインにしながらも、精力的に演奏活動を行いたい方
・東京、首都圏ではなく、地方、出身地を拠点に活動したい方
読んだらどんな良い事が!?
・他分野で生計を立てながら音楽活動を継続する方法が分かる
・趣味での演奏活動の可能性、視野が広がる
・地方でもプロの音楽家としてお金を稼ぐ方法、心構えが分かる
テューバ、トロンボーンに明け暮れた学生時代
<photo by 木野英範>
藤井:はじめまして。
今回、熊本に来て、僕の中学校の先輩の三原田さんにインタビューをさせていただいたんですけど、彼の目標にもなっている寺本さんをご紹介いただき、嬉しく思っています。
本日はどうぞよろしくお願いいたします。
寺本:よろしくお願いします。
藤井:急遽取材させていただく事になったので、先ほど羽田空港での待ち時間で少しだけ調べさせていただきました。
2014年に、プロも出場可能な「日本トロンボーンコンペティション・一般の部/独奏部門」で第1位を獲得されているんですね!
突発性難聴を克服しての受賞だったとか。
そのお話はまた後ほどお伺いしたいと思いますが、まずは楽器との出会いについて教えてください。
元々はトロンボーンではなく、テューバだったそうですね。
寺本:中学校に入学した時、たまたま吹奏楽部の歓迎演奏を聴いたんですよ。
どの部活に入部するかを決めるために、友達と「部活巡り」をしようという話になって、「吹奏楽部はきっと音楽室の近くだろう」「まずは部室が一番分かりやすい吹奏楽部に行ってみよう」となったのがきっかけでした。
「とりあえず見学」くらいのつもりで、入部を決めていたわけではないんですけど、部室に行ったら、そこにいた先輩に部屋の中に引きずり込まれて、「マウスピースはどれがいい?」と言われて、よく分からないままに楽器を選ばされていました。
その中で一番光沢があって、衛生的、安全そうに見えたマウスピースを手に取ったら、それがテューバだったんです。
藤井:絵が浮かびます(笑)。
学校の備品の楽器やマウスピースって、年季が入りすぎて錆びで真っ赤、真っ青、酸化して真っ黒とか、よくありますよね。
寺本:マウスピースの大きさが自分の命運を決めるなんて思ってもみませんでしたからね。
先輩たちに「お前ら、入るよな?」と言われ、結局そのまま半強制的に入部が決定しました(笑)。
藤井:昭和ですね(笑)。
寺本:結局、高校でもテューバを続ける事になるんですけど、本当はトロンボーンに転向したかったんですよ。
吹奏楽部の先輩に「経験者?中学では何吹きよったと?」と聞かれ、「テューバですけど…」と答えたら、「良かった!じゃあテューバたい」と言われて、またしても半強制でテューバに決まりました(笑)。
藤井:テューバが吹ける人はトロンボーン以上に貴重ですからね。
寺本:嫌々ながらも、部室にあった結構難易度の高い教則本を最初から最後まで吹けるようにして、さらにテンポを上げたり、オクターブ上げたり、下げたりもして、「トランペットで吹けるものはテューバでも吹けるじゃん!」みたいな、勘違いした高校生が出来上がりました。
藤井:テクニックはその頃すでに確立されていたんですね。
その後、大学でトロンボーンに転向されたんですか。
寺本:合格発表の日にオーケストラ部に行って「テューバをやりたいんですけど」と言ったら、その前日に入部を希望してテューバになった強者がいて、テューバになれなかったんですよ。
藤井:吹奏楽ではなくて、オーケストラ?
寺本:まず、コンクール至上主義的な活動が嫌で、あとは、オーケストラの曲をオリジナルキーでないアレンジで演奏したり、ジャズやポップスの曲をカッコ悪いアレンジで演奏するのが嫌で、吹奏楽はもういいかなと。
それから、吹奏楽部って卒業シーズンになると、定期演奏会とかで部員の卒業セレモニーみたいなステージをやったりするじゃないですか。
「内輪受け」というか、完全に観客を置いてきぼりにしたようなパフォーマンスをするのが何より嫌だったんです。
藤井:吹奏楽にも、もちろん魅力はありますが、「コンクールで金賞を獲らないと意味がない」とか、「ジャズ・ポップスを軽視したような考え方や活動の学校、団体」には僕もあまり共感しないですね。
寺本:吹奏楽部はテューバの定員が多いので、入れるけどやりたくない、オーケストラをやりたいけど、定員オーバーで入れない。
こんな状況で、1ヶ月くらい両方の部を行き来していたら、オーケストラ部の先輩に、
「そろそろ腹をくくれば?ここにトロンボーンが一本あるけん、これを吹いときな」
と言われて、真っ赤な(注:錆びた)トロンボーンを渡されて、そこからトロンボーン人生が始まりました。
ほぼ“我流”のトロンボーン人生
<2023年築舘 恒氏とのデュオリサイタル “T for Two” 弘前公演にて>
藤井:大学は熊本大学との事ですけど、「テューバで音大に行こう」とか、「プロになろう」と考えた事はなかったんですか。
寺本:実は大学を4回生の途中で中退しているんです。
中高大と音楽にのめり込んでいたので、周りにも音大に進学した友人は結構いて、勉強のために音大に入り直すとか、留学を勧められたりはしたんですけどね。
ですが、「すでに働き始めていた」のと、「親に猛烈に反対された事」などもあって、結局音大には行きませんでした。
藤井:どなたかにレッスンを受けた事はあるんですか。
寺本:26歳までは我流でした。
高校の先輩に(東京)藝大出身の方がいらっしゃって、「同期に上手いトロンボーンがいるから紹介するよ」と言われ、佐賀出身、福岡在住の村岡淳志先生という方にレッスンを受けに行ったのが人生初のレッスンです。
その時に出された課題がヘビーで、バズィングなど、基礎からやり直して、次にレッスンを受けたのは11年後でしたね。
その後、誰々門下という縛りはなく、数人の方にレッスンしていただきました。
皆さん、それぞれのスタイルがありますが、教えてくださる内容は、サウンド(響き)やタンギング(発音)など、共通している部分も多かったですね。
30代以降はほとんどレッスンを受けていません。
藤井:音大に進学してプロになる方と比べると、圧倒的にレッスンの回数は少ないようですけど、効率良く先生方から吸収している印象です。
ほぼ独学、我流というのは人ぞれぞれ、一長一短ですが、先入観なしに「感覚で」上達されている寺本さんには合っていたような気もしますね。
ちなみに本業というか、お仕事は何をされているんですか。
寺本:個人事業主でシステムエンジニアをやっています。
クライアント様のニーズに併せてシステムを設計して、作って、納めて、メンテナンスしてというような業務を繰り返し行っている感じですね。
プロも生かせる!音楽との関わり方
<1997年から続くトロンボーンアンサンブル・スライドワーク>
藤井:楽器はいつ練習されているんですか。
寺本:基本は朝起きて、家族の朝食を準備した後、朝練をしています。週4〜5回くらい、30分〜1時間くらいですかね。
それから自分の事務所に出勤しています。
週末は楽器を触っていない事が多いですね。
藤井:アマチュアの音楽家さんは平日は練習出来なくて、週末のみという方も多いと思いますが、寺本さんは逆なんですね。
週末は何をされているんですか。
寺本:パパ業、家族サービスです(笑)。
もちろん、リサイタルのような大きい本番が近い時は練習する時もありますよ。
でも、仕込みはどんなに遅くても2〜3週間前には終わらせるので、本番直前に詰め込む事はしないです。
藤井:アマチュアは練習時間も限られているので、直前に追い込みをやる方が多いですよね。
寺本:2〜3週間前に仕上げるために、半年前くらいから計画を立てて練習、準備を始めます。
リサイタルだと、ピアノ伴奏はありますが、ソロで約1時間のステージを2ステージやらないといけないじゃないですか。
アマチュアは普段、それに耐えられるコンディションにはなっていないので、身体を作るところから始めて、半年かけて「追い込んで→戻して」の繰り返しですね。
藤井:ボクサーとか、シーズンのオン・オフがある野球選手みたいですね。
寺本:そうかもしれません。
トレーニング理論みたいなものも取り入れていますよ。
トロンボーンを左手だけで支えるって結構な重労働ですよね。
筋肉を使うだけでなく、リリースする事を意識したり、あと、職場までは2kmくらいの徒歩通勤なんですけど、歩く速さを10%程度アップし、時速6kmくらいにして脂肪の燃焼を高めたり。
年末年始なんかは美味しい物もたくさん食べますし、お酒の量も増えるじゃないですか(笑)。
「じゃあ、少し戻すか」みたいな感じで、ユルく、趣味で体力作りをして、練習もしています。
藤井:プロの音楽家さんって、人にもよりますが、アスリートと比べると今でも「気合と根性」で、「練習時間は長いけど、実はあまり効率が良くない」方も多い気がします。
三原田さんもそうなんですけど、アマチュアの方ってオンオフの切り替えが上手いですし、「楽器で食っていかなきゃ」というプレッシャーもなくて、ストレスが少ないし、やりたい音楽だけ出来ますし、音楽以外の知識や経験を練習に取り入れていて、ある意味プロよりも効率が良くて、「いい音楽との関わり、向き合い方」をされているなと感じる事もありますね。
先生に言われた“プロとして”大切な事
<2017年のリサイタルツアーのフライヤー>
藤井:ちなみに今はオーケストラや吹奏楽はやらず、ソロ活動のみなんですか。
寺本:そうですね。基本はリサイタルですけど、トロンボーンの独奏曲など、ガチのクラシックだけじゃなくて、ポップスなど、軽めの曲を演奏するライブなどにも頼まれて出演する事はありますよ。
藤井:そう言えば、寺本さんが1位を獲得された「日本トロンボーンコンペティション」のコメントには「自分の中でのテーマは“1曲だけのリサイタル”です」とありました。
「一曲入魂」とでも言うのか、演奏の仕事をこなしながらコンペティションの曲もさらって臨むプロ奏者よりも、「一曲にかける寺本さんの練習量や想い」が優っていたのかもしれないですね。
審査員はもちろん、出場していたプロ奏者たちも驚いたのでは?
寺本:とある先生からは、「おめでとう」の次に言われたのが、「もうこれからは安い仕事をしちゃダメだよ」でしたね。
これは結構心に響きました。
藤井:お金の話が出るというのは、完全に「プロとして」見ていただいているという事ですよね。
寺本:地方は音楽家が少なくて、噂というか、情報が伝わるのも早いので、先生曰く、
『「コンペティションで優勝している寺本君でもいくらだったよ」という話が広まると、周りの音楽家たち、後に続く音楽家たちが迷惑を被るかもしれない。権威を落とさないためにも安く仕事を請けてはいけないよ』
というアドバイスでした。
九州にもフリーランスで活動している音楽家はたくさんいらっしゃいますが、皆さんが何かしらの受賞歴があるわけではないですよね。
藤井:実は僕も、「第4回日本トロンボーンコンペティション/高校生以下の部」で3位になった事はあるんですけど、高校生の時ですからね。
その後、ジャズ・ポップスに転向した事もあって、コンクールを受けた事もなく、当然受賞歴もありません。それでも仕事は十分出来ていました。
寺本:地方の場合、仕事自体も、音楽家も東京、首都圏ほど多くはないので、判断基準として「あの人は受賞歴があるからいくら、あの人は無いからいくら」みたいになりがちなんです。
そんな事情もあって、先生は
「安売りはダメだよ」
「演奏を頼むという事は、本来それなりにお金がかかるもの、価値を下げてはいけない」
と忠告してくださったんだと思いますね。
藤井:お話を伺っていて、確かに「地方ならでは」の事情もあるかと思いますが、東京、首都圏でも、クラシックもジャズ・ポップスも、プロが安売りをしてしまい、相場が下がってしまうという事態はかなり起きていると感じるんです。
こちらの場合、奏者の数が多くて、値段交渉をすると「じゃあ他の人に頼むので結構です」となりやすいので、ある意味地方よりも深刻な問題かもしれません。
皆さんが寺本さんに忠告してくださった先生のような考え方であれば、「生演奏やプロの音楽家の価値」がもっと保たれていくはずなんですけどね。
残念ながら、プロの音楽家さんは「お金・ビジネスに弱い」方が多いので、この『音TOWN』でお金に関する情報発信を始めたのも、これからの未来のために、
「音楽家さんにもお金についてもう少し学んでいただいて、みんなで一丸となって、仕事・価値を守っていこう」
という想いがあるんですよ。
寺本さんのこのエピソードは全国のプロ奏者たちにも届いてほしいです!
続ける努力・休む勇気
<2025年1月某日・取材後の宴会にて/三原田賢一さんと>
藤井:最後になりますが、寺本さんは20年以上前に突発性難聴を発症していて、左耳の聴力を失い、耳鳴りに悩まされていたそうですね。
生きがいだった音楽を一度やめて、そこから復活し、コンペティションで1位を獲得したというストーリーは、2016年にNHKの番組でも取り上げられたと拝見しました。
寺本:失意の日々を過ごしていましたが、妻の協力もあって乗り越える事が出来、コンペティションでも1位を獲る事が出来たんです。
再開すれば、それは「やめた」のではなく、ただ「休んでいた」だけじゃないですか。
続ける事が「目的」になってしまうくらいだったら、一度休んだほうがうまくいく場合もあると思います。
藤井:プロは仕事なので難しい面もあるんですが、一理あると感じますね。
でも、この『音TOWN』でご紹介させていただいている方々のように、何かもう一つスキルがあると、「能動的に休む」という選択がしやすくなる気がします。
ちなみに僕も、今は会社やお店の経営、プロデュースがメインで、ほぼ演奏の仕事をお休みしているんですけど、また気が向いたら再開するかもしれないです。
寺本:プロアマ関係なく、「続ける努力・休む勇気」が大切ですね!
<photo by 木野英範>
寺本 昌弘(Masahiro Teramoto)熊本市に生まれる。中学校で吹奏楽に出会い、高校までチューバを愛するブラス少年と化す。熊本大学工学部に進みトロンボーンに転向。
トロンボーンを村岡淳志、花坂義孝、萩野昇、ミッシェル・ベッケの各氏に師事。
2014年、第1回日本トロンボーンコンペティション<一般の部/独奏部門>に出場し第1位を獲得。
Willie’s Custom Brassからカスタムマウスピース“Libra”シリーズをリリース。
2015年からのソロコンサートツアーは東京・大阪・名古屋・福岡・長崎・熊本で延べ20公演を数える。
現在ソフトウェアプロダクション技巧堂代表、日本アマチュアブラスアンサンブル組織(NABEO)代表、寺本トロンボーン塾主宰。
「Facebook」
https://www.facebook.com/masahiro.teramoto.7
編集後記
今回の寺本さんの取材は、後半は紹介者の三原田さんと3人での宴会でした。
美味しいお店に連れて行っていただき、「馬刺し」や「辛子蓮根」といった熊本名物や、美味しい焼酎が進み、後半はやや記憶がありません(笑)。
僕自身、取材を通して皆さまから学びつつ、こうして「良い休暇・余暇」を過ごさせていただいています!


藤井裕樹/音TOWNプロデューサー
【株式会社マウントフジミュージック代表取締役社長・『音ラク空間』オーナー・ストレッチ整体「リ・カラダ」トレーナー・トロンボーン奏者】 1979年12月9日大阪生まれ。19歳からジャズ・ポップス系のトロンボーン奏者としてプロ活動を開始し、東京ディズニーリゾートのパフォーマーや矢沢永吉氏をはじめとする有名アーティストとも多数共演。2004年〜2005年、ネバダ州立大学ラスベガス校に留学。帰国後、ヤマハ音楽教室の講師も務める(2008年〜2015年)。現在は「ココロとカラダの健康」をコンセプトに音楽事業・リラクゼーション事業のプロデュースを行っている。『取得資格:3級ファイナンシャル・プランニング技能士/音楽療法カウンセラー/メンタル心理インストラクター®/安眠インストラクター/体幹コーディネーター®/ゆがみ矯正インストラクター/筋トレインストラクター』