小早川貴志:「人の役に立ちたい!」音大卒・オーダーメイドシューズ事業オーナーとしての生き方♪
音大を卒業してプロの音楽家になり、継続できるのは、ほんの数パーセントとも言われています。
今回の「音TOWNな人」は、音大卒業後に異色の道に進んで独立した、小早川貴志さんのご紹介♪
整形外科と連携したオーダーメイドシューズ製作はあまり知られていませんが、小早川さんのお話の通り「人の役に立つ素敵なお仕事」だと感じました!
音楽家さん向けのステージ用のオーダーメイドも可能との事ですので、ぜひ最後までお読みください♪
『音TOWN』(おんたうん)は、『音楽“と”生きる街』をコンセプトに、クラシック・ジャズ・ポップス・吹奏楽などと関わりながら個性豊かに生きる「人」「お店」「団体」「会社」や、音楽家に必要不可欠な「お金・健康」の情報をお届けしています♪
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この特集は、『音TOWN』が目指す「QOL」(クオリティ・オブ・ライフ)「持続性」(サステナブル)「多様性」(ダイバーシティ)を実践している音楽家さん、経営者さん、経営しているお店などをご紹介するコーナー。
これからの時代に合った柔軟な生き方のモデルが見つかるかも!?
この記事を読むと役に立つ人は!?
・音大卒業後、音楽家以外の道も検討されている方
・音楽以外の仕事にも興味がある方
・足にお悩みのある一般の方や音楽家の方
読んだらどんな良い事が!?
・音大進学後の就職の選択肢、視野が広がる
・音楽家一本に固執せず、新たなスキルを身に付ける方法を知る事ができる
・日常生活や演奏で履きやすい靴をオーダーできる
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音楽漬けの幼少期・学生時代

藤井:まずは幼少期の音楽との関わりについて聞かせてください。
小早川:父は全く音楽とは関係のない仕事だったんですけど、母が自宅でピアノ教室を開業していたんです。
物心が付く前から小5くらいまでは母にピアノを習っていました。
合唱をやっていた時期もあります。
2人の姉もピアノや琴を習っていたりと、音楽が身近にある環境でしたね。
藤井:小早川さんは武蔵野音楽大学でトランペットを専攻していたんですよね。
トランペットはいつから?
小早川:よくあるパターンで、中1で吹奏楽部に入った時です。
当時は今と違って、どこかの部活に必ず所属しないといけない学校が多かったと思うんですけど、幼少期から音楽に関わっていた事や、あまり運動が得意じゃなかった事もあって吹奏楽部を選びました。
藤井:「運動が苦手で吹奏楽部」という動機は僕も同じです(笑)。
吹奏楽部コンクールには出場していましたか。
小早川:中高とも出場していて、私は広島出身なんですけど、高校は中国大会くらいまでは進む学校でした。
「緊張しい」で、肝心な時にうまくいかない事が多かったものの、「勉強より音楽」という楽しい学生生活を送っていましたね。
藤井:音大への進学を考え始めたのはいつ頃ですか。
小早川:ちょっと遅いと思うんですけど、高2から高3に上がるくらいの進路相談が始まった時期だったように思います。
音楽漬けの高校生活でしたし、頭もあまり良くなかったので(笑)、漠然と「好きな音楽で進学できたら良いな」という感覚でしたね。
武蔵野音大を受験したのも、正直あまり強い動機はなくて、定員数が多かったからなんです。
そのくらいの考えだったのもあり、現役の年は不合格で一浪して入学しました。
藤井:武蔵野音大は1,2年が入間キャンパス、3,4年が江古田キャンパスでしたよね。
広島出身でしたら一人暮らしですか。
小早川:そうですね。
どうせ3,4年生は江古田だからと、最初から江古田の防音物件に住んでいました。
通学が結構大変だったので、今思えば1,2年は入間の近くに住めば良かったです(笑)。
プロの道は諦め、就職
藤井:在学中はプロの演奏家を目指そうとは思わなかったんでしょうか。
小早川:もちろんプロになれるにこした事はないですけど、そんな甘いものじゃないですよね。
周囲に上手い人がたくさんいたのもあって、3年生くらいの頃には
「自分には無理」「就職しなきゃ」
という諦めがあったように思います。
在学中には池袋のゲームセンターでアルバイトをしたりと、一般社会に出る準備をしていました。
藤井:以前インタビューさせていただいた方だと、『音TOWN』運営会社の株式会社ソナーレ副社長の丸山和明さんや、シンガー x 社長秘書の宮澤恵美子さんがそうですけど、音大や専門学校に入ると現実を目の当たりにしますよね。
小早川:今はセキュリティが厳しくなって外部の人の出入りが難しくなっていると思うんですが、当時はゆるくて、いわゆる「就職浪人」のようなOB・OGがたくさん学校(江古田キャンパス)に来て練習していたんですよ。
藤井:音大を出て「演奏家として就職」というと、オーケストラや(管打楽器だと)自衛隊・消防・警察音楽隊に受かるかくらいなので、よく言えば「フリーランス」でも、実質「フリーター状態」の方が結構多いですよね。
小早川:「自分はこんな風になってしまうのはちょっと…」
という感覚はあったように思います。
とは言え、ずっと音楽に打ち込んできたので、音楽に関わる仕事がしたいと思って就活、就職しました。
今はもうない会社なんですけど、楽器店でピアノを売る営業の仕事ですね。
藤井:武蔵野音大は一般企業に就職する学生は多かったですか。
学校によっては周囲からの同調圧力というか、就活する事に後ろめたさを感じる学生もいると聞いた事があります。
スーツを着ていると就活がバレるので、一度帰宅してスーツに着替えてから面接に行っていたとか。
小早川:武蔵野音大は学生の数自体が多いですし、先ほどもお伝えしたように、現実的に音楽家として食べていくのは厳しい人も多かったので、普通に就活できていましたよ。
「学校の先生を目指すグループ」
「自衛隊などの音楽隊を目指すグループ」
「一般就職をするグループ」
みたいに何となく分かれていて、学校から就職先の紹介もありましたしね。
就職課の窓口に募集している求人が貼り出されていて、音楽と関係のない会社もありました。
あとは、実際に就職したOB・OGが学校に来て、「私はこうやって就職しました」という経験を話してくれるような機会もありましたよ。
ですので、私自身も比較的スムーズに就職できた感じですね。
「人の役に立つ仕事がしたい」という想いを胸に…
小早川:ピアノ販売の仕事は新卒から5年くらい続けたんですけど、給料が安かったのもあって、今度は音楽と関係のない石材販売の会社に転職したんです。
そこは給料は比較的高かったですが、パワハラ気質の会社でした。
それでも、5,6年働きましたね。
その後、今に繋がる「オーダーメイドシューズ」の業界に転職しました。
藤井:靴の業界に入ろうと思ったのはどのような経緯だったんでしょうか。
小早川:これも少し漠然としているんですど、「人の役に立つ仕事がしたい」という想いですね。
たまたまハローワークの求人で見つけて飛び込んだ感じです。
興味があって面接に行ってみたら社長さんに気に入られ、すぐに雇ってもらう事ができました。
ところが、時間外労働は当たり前、夜はスナックに連れ回されるといった超絶ブラック企業だったんですよ(笑)。
その後6年くらい働いて独立し、今に至ります。
藤井:数ヶ月や1年で辞めずに、大変なピアノの営業、パワハラ気質、ブラック企業でもそれぞれ5,6年くらい続けるって、根性ありますよね!
小早川:それぞれの職場の経験を通して「鍛えられた」というのはあります。
藤井:最近は退職代行サービスなんかもあって、辞めようと思えばすぐに辞められるわけで、「合わない、ブラックならさっさと逃げ出したほうが良い」というのも事実ですし、逆に「石の上にも三年」じゃないですけど、何年か腰を据えて働いてみないと見えてこない景色や経験、成長があるのもまた事実じゃないでしょうか。
保険適用のオーダーメイドシューズというレアな業種へ。そして独立!
藤井:職場ではどんな経験をされましたか。
小早川:就職した会社は「医療用のオーダーメイドシューズ」を作っていたんです。
「外反母趾など、足に悩みがある人向けに保険適用で病院(整形外科)からの依頼で治療用の靴を作る」
というのがユニークで、私の目指していた「人の役に立つ仕事」だと考えたんですよね。
さすがに今から医者になるのは無理ですけど、「これなら自分にでもできる!」と。
この会社がオーダーメイドシューズの事業から撤退する事になって、ノウハウは十分に学んでいたので、付き合いのあった職人さんたちと一緒に独立しました。
オーダーメイドシューズの会社自体は他にもあるんですけど、うちのように保険適用で病院(整形外科)と連携して靴を作る会社はレアなので、「転職よりも自分でやったほうが良い」と考えたんです。
私自身はお客様のところに出向いてヒアリングや採寸をし、最初の裁断や革選びくらいまでは行いますが、そこから先は提携している工房の職人に業務委託しています。
独立してからは8年くらい、靴業界は14年くらいになりましたね。
藤井:今回、ソナーレ元代表取締役の丸山朋子さんからのご紹介でインタビューさせていただいているんですけど、丸山さんも「外反母趾」や「左右の足のサイズが違う」といった悩みがあって、小早川さんにオーダーメイドシューズを依頼したそうですね。
『夕方、足がむくむと、初めて長時間履いた日はかかとの辺りが痛くなり、「あー、また流血か…」「またオーダーメイドシューズでもダメか…」と思ったんですけど、帰宅して靴を脱いでみたら、靴擦れも流血も起きていなかったんです。
革が馴染んで柔らかくなったら痛くなくなるというのはこういう事で、「私が今まで我慢してもダメだったのは、やはり靴が合わなかったのか!」という体験でした。
過去に何度かオーダーメイドシューズは試していますが、私の心地良さに寄り添う形で足を測って作ってくださった感覚は初めてでした。』
と伺いました。
小早川:ありがとうございます。
そう言っていただけると嬉しいですね!
藤井:音楽で言うと、ピアノの調律のような感覚でしょうか。
おそらく靴も職人的な世界だと思うんですけど、良い調律師さんは自分のエゴを押し付けるわけでもないし、ただチューナー/音叉で計測した通りに合わせるわけでもなく、依頼主の弾きやすさや心地良さを考えながらバランスを取ってくださいますよね。
小早川:なるほど。そうかもしれませんね。
コブズ シュー ファクトリーのこだわり♪
<COB’S SHO FACTORYのホームページ>
小早川:うちはお客様に合わせて「デザインは自由」で受けているんです。
オーダーメイドとは言っても、いくつかの「決められた型」の中から作るほうが楽で、うちのように、完全にお一人お一人に合わせて採寸をして、型紙を作って、木型を起こしてという風にやっていくと、めちゃくちゃめんどくさいので、他社はやりたがらないんですよ。
就職した会社がこの事業から撤退したのも、単刀直入に言えば「手間やコストがかかって収益化しにくかったから」でもあります。
藤井:小早川さんが「個人事業主」で小回りが利く事と、何より「人の役に立ちたい」という想い、モチベーションがあるからこそ実現できているのかもしれませんね。
小早川:できあがった後もお客様に合わせて何度も調整をするんですけど、私自身はそれが苦じゃないんですよ。
むしろ「楽しい」という感覚なので、継続、事業化できているのかもしれません。
藤井:もしかしたら、過去の仕事で鍛えられた「接客のスキル」「我慢・忍耐強さ」は今に生きているのかもしれないですね。
小早川:オーダーメイドだと、お客様がヒアリングの中でいろいろなお話をしてくださるケースもあるんですが、その方の「生き様」のような「人の話を聞く」のも好きなんです。
逆に、こちらが「音大出身だった」「トランペットをやっていた」という話をすると、「私も音楽をやっていた」「娘が吹奏楽部に入っている」といった感じで話が盛り上がる事もあります。
藤井:保険の営業でも何でもそうかもしれないですけど、「自社の商品やサービスがいかに優れているか」をプレゼンする前に、相手の話をよく聴いて、共感して、まずは人として信頼してもらい「この人からのサービスだったら受けたい/商品だったら買いたい」って思っていただくのが大切だと言いますよね。
小早川さんはそういったコミュニケーション能力が高く、お客様との信頼関係作りが上手なんですね。
『半田成士:ソナーレ創業者と共に歩んだ半生/音TOWNで未来を創造する♪』
参考:「顧客に寄り添う営業の極意」「会長オリジナルの“ビフォーサービス”とは!?」
外反母趾や扁平足の方、音楽家さんにもオーダーメイドシューズの良さを知っていただきたい!
藤井:最後に、今後はどのような事業展開をしていきたいと考えていますか。
小早川:こうして保険適用でオーダーメイドシューズが作れるというのはまだまだ知られていないので、まずは認知していただく事からかもしれません。
通常の流れは、まず整形外科に行き、診断をしてもらった後にうちに来ていただくんですが、逆もあって、お問い合わせをいただいてオーダーメイドシューズを作る事になり、(保険適用のために)整形外科を紹介する事もあります。
外反母趾や扁平足のような足のトラブルって、心臓や脳、内臓疾患、大怪我などと比べて軽視されがちですけど、うちとのご縁で整形外科に行ってみたら、意外にいろいろなアドバイスをもらえて悩みが軽減して「もっと早く医者に行けば良かった」と感じる方も少なくないんですよ。
藤井:保険適用でなく、普通にオーダーメイドする事もできるんですよね。
小早川:もちろんできますよ!
私が音大出身なのもあってなのか、音楽家さんからのご依頼もあります。
ドレスを着て立ち姿を綺麗に見せないといけない、でも足の負担は軽く、良い声を出したいというような「声楽家」さんが多いですね。
「見た目は良いが履きにくい・合わない靴が多い」というお悩みもよく伺います。
『音TOWN』の読者の方でもお悩みの方がいらっしゃいましたら、ぜひご連絡ください!
事業が今よりも拡大したら、法人化して雇用もできたら良いですね。
藤井:小早川さん自身の音楽活動はいかがですか。
私は今、「BNI」という異業種交流会に参加していて、そのご縁で丸山朋子さんや田中浩雅さんとも繋がり、今回、取材のお話もいただいたんですけど、そこに武蔵野音大出身のオペラの先生が参加されていて、2年ほど前に「アマチュア向けのオペラの会」に誘われて参加したのがここ最近の唯一の音楽との関わりです。
トランペットもまだ持っていて、機会があればまた吹きたいと思っているんですけどね。
藤井:ソナーレ副社長の益子佳久さんも、社内イベントでの演奏機会をきっかけにトランペットを再開したそうですよ。
僕がさいたま市で運営しているビッグバンドの教室には、定年・リタイア後に楽器を始めた方なんかも何人かいらっしゃいます。
吹奏楽やビッグバンド経験者、音大出身者が、お仕事がある程度安定した後に趣味として再開するのも良いですよね。
本日はありがとうございました。
小早川:ありがとうございました!
小早川 貴志(Takashi Kobayakawa)1979年広島県東広島市生まれ。幼少期から母親のピアノ教室の影響で音楽に親しみ、中学高校では吹奏楽部に在籍。
武蔵野音楽大学音楽学部音楽教育学科トランペット専攻卒業。
福井功氏に師事。
卒業後はピアノ販売会社に就職。
2012年よりオーダーメイドシューズメーカーに勤務。
2018年オーダーメイドシューズ製造販売業。
COB’S SHOE FACTORY代表として独立。
オーダーメイドシューズや、整形外科と作る医療用オーダーメイドシューズの製造の他、高齢者施設でのフットケアイベントや、子どもでもできるレザー小物作りのワークショップ等も行う。趣味は愛犬(柴犬)の散歩、旅行、筋トレ。
藤井裕樹/音TOWNプロデューサー
【株式会社マウントフジミュージック代表取締役社長・『音ラク空間』オーナー・ストレッチ整体「リ・カラダ」トレーナー・トロンボーン奏者】 1979年12月9日大阪生まれ。19歳からジャズ・ポップス系のトロンボーン奏者としてプロ活動を開始し、東京ディズニーリゾートのパフォーマーや矢沢永吉氏をはじめとする有名アーティストとも多数共演。2004年〜2005年、ネバダ州立大学ラスベガス校に留学。帰国後、ヤマハ音楽教室の講師も務める(2008年〜2015年)。現在は「ココロとカラダの健康」をコンセプトに音楽事業・リラクゼーション事業のプロデュースを行っている。『取得資格:3級ファイナンシャル・プランニング技能士/音楽療法カウンセラー/メンタル心理インストラクター®/安眠インストラクター/体幹コーディネーター®/ゆがみ矯正インストラクター/筋トレインストラクター』











