特集/大野充明:「三菱UFJ銀行支店長→山野楽器取締役」異色の経営者から学ぶ♪【後編】
※この記事は「前編」から続いています。
昨今は「不景気」「オーナーの高齢化」などもあり、ライブハウスや店舗の閉店の話がよく聞かれるようになりましたね…
ジャズミュージシャンにとっては特にお馴染みの「赤坂B-flat(ビーフラット)」は、今から約2年前、閉店の危機を迎えていました。その再建の指揮を執ったのが、当時「山野楽器」の取締役を務めていた大野充明氏。
大野氏の前職は「三菱UFJ銀行」の本部や支店長で、「山野楽器」退社後の現在は「株式会社mysig(ミューシグ)」を起業し、音楽関係店舗の事業承継や経営コンサルタントとして活動されています。
異色の経歴・濃密な人生経験から貴重なお話をたくさん伺う事が出来ました!(前編・後編に分けてお伝えします♪)
「音TOWN」(おんたうん)は、『音楽“と”生きる街』をコンセプトに、(プロアマ問わず)音楽家がより生きやすくなるために、主に音楽以外の有益な情報をお届けしています。
この特集は、音楽業界を陰で支える企業の経営者さんや、各分野のエキスパートをご紹介するコーナー。
経営理念やノウハウ、専門知識から、何かしらの“学び”や“ご縁”が生まれれば幸いです!
この記事を読むと役に立つ人は!?
・フリーランスの音楽家さんで、音楽関係の経営者さんの考え方やノウハウを学びたい方
・一般のお仕事と演奏活動のワークライフバランスに興味のある方
・音楽関係店舗の経営改善や事業承継をご検討の方
読んだらどんな良い事が!?
・フリーランス、個人事業主としての「経営面」の学びになる
・専門職で生計を立て、音楽(演奏)も楽しんでいる方の実例を見られる
・音楽関係店舗の経営改善や事業承継の相談が出来る
山野楽器での“リブランディング”とは!?
藤井:銀行の支店長や監査の仕事から楽器店の取締役に転職って、これもかなり異端といいますか、珍しいですよね?
山野楽器さんでは役員・取締役としてどんなお仕事に携わったんですか?
大野:簡単に言うと「リブランディング」や「コンセプトの見直し」を行いました。
参考にしたのは「ディズニーランド」「スターバックスコーヒー」「リッツ・カールトンホテル」のコンセプトです。
この3社に共通するのは、「乗り物に乗る」「コーヒーを売る」「客室に泊まってもらう」という「ただ単に物を売るサービス」ではなく、「利用していただいている期間、そのお客様との人生を共にし、非日常の体験を提供するサービスを行っている、その対価としてお金をいただいている」という考え方ですね。
山野楽器も同じで、「楽器を売る」のではなく、「楽器を演奏して人々が幸せになる様子を想像する。だから楽器店や音楽教室のサービスを提供する事が必要なんだ」という意識、ブランディングに変革していきました。
ホームページトップの「ブランドストーリー」や「ブランドムービー」も僕が手がけてリニューアルしたものですよ。
藤井:僕も20代から音楽教室の講師をやっていますけど、ただ楽器を教える仕事ではなくて、その生徒さんやご家族との人生を共有していると感じていますね。
たとえば、最初にどんな先生に出会うかで人生が変わると思っていて、その先生によって楽器の楽しさを実感して才能が伸びていく子もいるでしょうし、逆に、先生が教えたい事や指導法を厳しく押し付けられて、子どもの頃に音楽が嫌いになり、遠ざかってしまう子もいます。
それくらい責任のある仕事だとも言えますよね。
演奏の仕事も同じで、ただ演奏を聴いてもらう、チケットを買ってもらう仕事ではなくて、非日常の空間を演出してお客様にハッピーになってもらうのが我々ミュージシャンの仕事ですよね。
大野:まさにその通りです!
名門ジャズクラブ 赤坂ビーフラットの再建事業の中心を担う!
<B-flat Facebookページより引用>
藤井:ところで、僕も経営者になる前は現場のトロンボーン奏者としてビッグバンドジャズの仕事をしていたんですけど、赤坂のジャズクラブ「B-flat」によく出演していました。
2022年9月にオーナーの鈴木さんが交通事故で急逝されて、やむなく閉店かな…という状況でしたよね。
後日、山野楽器さんが事業継承をする事になったと聞いてホッと胸をなでおろしたのを覚えているのですが、その再建の指揮を執っていたのが大野さんだと後でわかり、今回こうしてお話が聞けるご縁に驚いています!
参考「赤坂のジャズクラブ、6月再出発 急死オーナー思い継ぐ」(日本経済新聞/会員限定記事)
大野:僕もアマチュアミュージシャンとしてB-flatに出演したり、プロのライブを客として観に行ったりして、鈴木さんとは面識があったんです。
ちょうど僕が山野楽器の取締役兼、ヤマノクリエイツの副社長だった頃で、当時はコロナ禍真っ最中ですよね。そんななか、鈴木さんが亡くなったという話を聞きました。
山野楽器と言えば、僕も大学生の頃に出場した「ヤマノ・ビッグバンド・ジャズ・コンテスト」を55年も続けていて、ジャズミュージシャンたちのプロへの登竜門でもあります。
また、B-flatはステージも広く、東京でもビッグバンドが演奏出来る数少ないライブハウスの一つで「ビッグバンドの聖地」とも言われていましたよね。
「日本の音楽文化の発展やビッグバンドジャズの普及・継続のためにも、このお店は残すべきだ!」
と考え、事業承継スキームを立案し、裁判所の許可を取得するスタイルでこの事業を残す事に成功しました。
藤井:コロナ禍で一時経営も危うくなり、クラウドファンディングで資金を調達したりでなんとか踏みとどまっていたようですけど、具体的にはどのように再建していったのでしょうか。
大野:B-flatの経営に携っていたのは亡くなった鈴木さんだけでした。
藤井:経営のノウハウがわかる人や引き継げる人は誰もいなかったのですね…
大野:そこで、僕の銀行時代の経験・スキル・事業承継スキームを駆使し、山野楽器そのものをリブランディングしたように、B-flatもリブランディングしたんですよ。
店舗自体が古かった事もあり、内装(音響を整えるところから、厨房、カウンター、トイレのリニューアルなどの細部まで)も変えて、テーブルや椅子の配置も変えました。
イメージしたのは「昔の高級キャバレー」のような雰囲気。
実はキャバレーと言うのは、元々は(クラシック音楽の)正座をしてかしこまって聴くような音楽鑑賞スタイルに対し「優雅に食事をしながら音楽が聴ける」スタイルにしたのがその始まりで、そんな雰囲気を演出したかったんです。
名称も「JAZZ LIVE SPOT B-FLAT」だったのを「Jazz Dining B-flat」に変更し、料理長を配置し、フードやドリンクメニューにもこだわりました。
藤井:ただ「演奏をする」のではなく、「音楽と料理でお客様を幸せにする空間、非日常を提供する場の提供」というコンセプトにシフトしたんですね。
大野:そうです。飲食店の経験がある店長や料理長を招聘し、長年働いていたアルバイトさんも山野楽器グループとして雇用し直すなど、スタッフ配置も改善し、再建に必要なすべての業務を一通り終了。そして、取締役の任期満了に伴って株式会社山野楽器を退きました。
藤井:有終の美というか、日本のジャズ業界・ビッグバンド業界において偉大な功績ですね! やはり、想像を超えるお仕事ぶりです!
大野:今、僕は、「株式会社mysig」という会社を立ち上げて、同じようにライブハウスやジャズ喫茶などの事業承継により、日本の良き音楽文化を継承するための経営コンサルをしております。
お困りの方はぜひご連絡をお待ちしております。
株式会社mysig公式サイト
https://mysig829.com/
フリーランスの音楽家に伝えたい事
藤井:大野さんのスケールが大きすぎて、会社経営や店舗経営のノウハウのような話になってきたのですが、大野さんのご経験からフリーランス・個人事業主の音楽家・ミュージシャンに何かを伝えるとしたら、どんな事がありますか?
大野:シンプルに言えば「お財布(お金)の管理や計画が出来るか、出来ないか」。
たとえば、若手の時に1万円で受けていた仕事を、その後どうやって1万5千円、2万円にするか。
つまり、自分の価値をどうやって上げていくか・計画していくかという話ですよね。
もちろん、人に喜んでもらおうという「心持ちやパッション」だったり、演奏の技術は必要だと思いますが、僕の経験から言える事はやはり「お金」や「演奏家の価値(ブランディング)」についてですね。
キャリアアップに成功している個人事業主と、なかなかうまくいっていない人の差が何かっていうと、「お財布(お金)の管理や計画が出来るか、出来ないか」じゃないでしょうか。
たとえば「安いけど、今この仕事を受けておく事によって、将来高い仕事につながるかもしれない」といった戦略的な考え方、投資の考え方は、ビジネスの世界では当たり前に行われています。
音楽家ももう少しこのような考え方が出来る人が増えてもいいような気がします。
藤井:特に音大ではこのような事は教わらないですからね…
大野:中には「音楽をビジネスと考えたくない」「私がやっているのは芸術だ」と拒否する人もいると思いますし「私ならこうする」という考えをもっている人もいると思います。
一方、お金の計画を立てる事はとても大切だし、また、自分の音楽家としての価値を人に理解してもらうためにどのような表現が出来るのかは、いつも考えておくべきですね。
自分の音楽表現によってお金をたくさんもらえるなら、それは成功と言えるでしょう。
僕や藤井さんがこういった発信をする事で、一定数の方に響いてもらえたら嬉しいですね。
どちらにしても、そこでしっかり考える事、自問自答する事で今より自分の価値を上げられるようになっていくと思います。
藤井:アドバイスを受け入れてみるにしても、断固拒否して自分のやり方を貫いてみるにしても、自分の「軸」が生まれていくと感じますね。
<イメージ>
mysig(ミューシグ)で実現したい事
藤井:山野楽器を退職され、新たなステージとして「株式会社mysig」を設立されたそうですが、この会社はどのような事業を行っているんでしょうか?
大野:音楽関係店舗の事業承継や経営コンサルタントを受託しています。今後は音楽講師をやっている人、レッスンプロの人、先生を教えるための先生など、講師業、音楽教室の事業に携わっている人たちに対して、「音楽面以外で足りない部分」をアドバイスする仕事をしようと思っています。
たとえば生徒様と継続的なレッスンが出来る環境を作ったり、税制対応やコンプライアンスについてだったり。インボイス制度の事もよくわかっていない人が多いですよね。
藤井:以前、僕も自分の会社で音楽家向けにインボイス制度を解説する記事を書いたんですけど、需要があるのか、相当読まれてますね。「音楽家 インボイス制度」というワードでググると、ずっと一番に表示されています。
※「音TOWN」でもインボイス制度についてわかりやすくまとめましたので、ぜひご覧ください!
大野:あとは自分の年金などを含んだ資産形成の問題も大切な相談事ですね。
音楽家の多くは個人事業主なので、厚生年金ではなく国民年金です。
現在は65歳から受給開始になっていますが、将来的には70歳とか、先送りになってしまう可能性も高いですし、そもそも国民年金だけでは生活出来ませんよね。
演奏家の皆さん、講師の皆さん、自分がいくら年金をもらえるのか知っていますか?
老後は大丈夫ですか?
という話です。
仮に音楽教室の講師を65歳まで続けられたとしても、その後、年金だけでは生きていけないわけですよ。
こういった事を訴え、音楽家が高齢になっていっても困らない仕組みを作っていきたいと考えています。
※「音TOWN」でも年金制度についてわかりやすくまとめましたので、ぜひご覧ください!
藤井:この『音TOWN』自体もそのような役割を担っているのですが、こうして大野さんのような「経営のプロ」からお話を伺えたのはありがたいですし、今後が心強いです!
ご一緒にセミナーなども開催出来たら嬉しいですね。
ちなみに僕が作った「音ラク空間」というお店は「音楽やリラクゼーションを通して、ココロとカラダの両面から健康な人を増やす」というコンセプトなんですけど、mysigの理念もほぼ同じで驚きました。
ぜひうちの音楽教室の事業などにもお力添えいただければ幸いです。
本日はありがとうございました!
大野:こちらこそ、ありがとうございました!
大野 充明(Mitsuaki Ohno)音楽ビジネスコンサルタント/経営・事業承継/トランペット奏者
高校時代からキャバレーでトランペットを演奏。明治大学経営学部在学中に「Big Sounds Society Orchestra」に所属。卒業後、三和銀行(現三菱UFJ銀行)に就職。大阪と東京の店舗を経験し、中小企業部、コーポレート情報営業部などの本部や支店長を経験し53歳で定年退職。定年退職後、株式会社山野楽器の取締役、株式会社ヤマノクリエイツの代表取締役副社長として音楽業界で活躍。日比谷音楽祭「音楽マーケット」の企画立ち上げ参加、高齢者向け「音楽と健康」教室の開催、「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」や「金沢ジャズストリート」との連携、老舗お菓子店(創業93年)のリニューアル、赤坂「B-flat」(ライブハウス)の再生など、音楽ビジネスを中心として事業再生・開発で実績を上げた。2023年6月に株式会社山野楽器を退任後、「株式会社mysig」を起業し、音楽関係店舗の事業承継や経営コンサルタントとして現在営業中。
株式会社mysig公式サイト
https://mysig829.com/
藤井裕樹/音TOWNプロデューサー
【株式会社マウントフジミュージック代表取締役社長・『音ラク空間』オーナー・ストレッチ整体「リ・カラダ」トレーナー・トロンボーン奏者】 1979年12月9日大阪生まれ。19歳からジャズ・ポップス系のトロンボーン奏者としてプロ活動を開始し、東京ディズニーリゾートのパフォーマーや矢沢永吉氏をはじめとする有名アーティストとも多数共演。ヤマハ音楽教室の講師も務める(2008年〜2015年)。現在は「ココロとカラダの健康」をコンセプトに音楽事業・リラクゼーション事業のプロデュースを行っている。『取得資格:3級ファイナンシャル・プランニング技能士/メンタル心理インストラクター®/体幹コーディネーター®』