牟田昌広:「ドラマー x セロトニントレーナー x ヨガインストラクター」|世界を“横に広げる”生き方!?【後編】
※この記事は【前編】から続いています。
メジャーロックバンド「SADS」での活動を経て、YUIさん、浜崎あゆみさん、ベッキーさん、山下久美子さん、土屋アンナさん、DAIGOさんなど、数多くのアーティストをサポートし、紅白歌合戦や海外公演なども経験した、ドラマー・牟田昌広さん。
現在も「THE STREET BEATS」などで演奏活動を続ける一方、「セロトニントレーナー」として全国で講演やワークショップを開催し、さらに55歳からヨガを始めてインストラクターに!
ディジュリドゥ奏者、アマチュア落語家としての顔もお持ちです。
ところが、その多くは将来を計画して始めたものではないんだとか…
「好奇心の塊」で、人とのご縁に興味を持ち、誘われたらやってみる!
その積み重ねから生まれた、牟田さん流の「横にもう一つ世界を作る」生き方について伺いました♪
(【前編】【後編】に分けてお届けします♪)
『音TOWN』(おんたうん)は、『音楽“と”生きる街』をコンセプトに、クラシック・ジャズ・ポップス・吹奏楽などと関わりながら個性豊かに生きる「人」「お店」「団体」「会社」や、音楽家に必要不可欠な「お金・健康」の情報をお届けしています♪
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この特集は『音楽 x ◯◯』のように、複数の職業を掛け合わせて活動をしている方(“二足のわらじ”の方)をご紹介するコーナー。
音楽(演奏)以外のスキルを組み合わせる柔軟性・知識が、多様化する現代をより「ポジティブ」「ハッピー」に過ごすヒントになれば幸いです!
この記事を読むと役に立つ人は!?
・音楽以外の仕事や活動にも興味がある方
・健康を維持しながら長く音楽活動を続けたい方
・年齢に関係なく新しい事に挑戦したい方
読んだらどんな良い事が!?
・音楽以外の世界に目を向けるメリットが分かる
・人とのご縁から活動や仕事を広げるヒントが得られる
・1つの仕事やコミュニティだけに依存しない生き方を知る事が出来る
55歳からヨガインストラクターに
藤井:ヨガを始めたのは最近なんですよね。
牟田:そう、55歳から。
ヨガインストラクター、整体師、鍼灸師など、いろいろな方が集まっている国際ホリスティックセラピー協会というところがあって、知り合いから
「牟田さん、いろんなところで話しているなら、うちでも講演をしてくれませんか?」
と声をかけてもらい、何度か「うつ予防」などについて講演をしていました。
ある時、その協会の担当者から、
「牟田さん、ヨガインストラクターに向いてそうじゃないですか? 資格取りません?」
と言われたんです。
当時、モニターで受講出来るという話だったので、
「それならやってみようかな」
と。
正直、最初は半分ヨガをナメていました。
合気道やキックボクシングをやった経験もあったので、それなりに体は動くと思っていたんです。
ところが実際にやってみると、思ったよりキツい…
「僕の体って、こんなに動かないんだ」
と、良い意味でショックを受け、悔しくて、かなり真剣に取り組むようになったんです。
「毎日続ける」ために、先に仕事にしてしまう

牟田:インストラクターコースが半年間あったんですけど、3ヶ月くらい経った頃、
「これは毎日やったほうが良いな」
と思いました。
ただ、
「学校へ通っている間は毎日向き合うけど、卒業後も1人で毎日続けられるのかな」
とも感じたんです。
人間って、意志が弱いじゃないですか。
そこで、
「自分がやらざるを得ない環境を作ればいい」
と思ったんですよ。
「毎朝オンラインでヨガを開催する!」
「月額3,300円で、毎日参加すれば1日100円くらい」
「毎朝やっています」
と言ってお金をもらい始めたら、生徒さんがいつ来るか分からない。
そうしたら、僕も毎朝Zoomを開いてヨガをやるしかなくなる。
これなら続けられると思ったんです。
本当はインストラクターコースを修了してから始めようと思っていたんですけど、思い付いたら行動しないと気が済まないので、すぐに募集を始めました。
そうしたら、最初から10人くらい参加してくれましたね。

<IHTA国際ホリスティックセラピスト協会認定ヨガインストラクター2級試験に合格>
朝6時半のヨガが生活そのものを変えた!

牟田:それから、ずっと続いていますよ。
出張中、ツアー中でもホテルからやります。
その時間に移動中など、どうしてもできない時は、事前に収録しておいた動画を共有します。
朝6時半からヨガをやるので、生活も変わりました。
夜中まで飲んでいたら翌朝が大変じゃないですか。
ライブが終わって飲みに行ったとしても、以前のように深夜まで飲む事はなくなりましたよ。
もちろん、寝不足も良くない。
毎朝やらなければいけない環境を作った事で、逆算して夜の生活まで変わったんです。
牟田:健康って、結局は「全ての土台」だと思うんですよ。
健康じゃなければ楽器も演奏出来ない。
仕事も出来ない。
夢や希望があっても、それを実現するために動けない。
僕自身、40代半ばまでは今のような生活ではなかったですけど、こうしてセロトニンやヨガに出会って、かなり変わりましたね。
興味がなかった「落語」も、やってみたら面白かった!

藤井:現在は落語もされているそうですが、これも人とのご縁がきっかけだったんですよね。
牟田:僕は以前からビジネス交流会などで、周囲の人に、
「ぶっ飛んだ人を紹介してください!」
とお願いしていたんです。
人間って、一緒にいる人から影響を受けるじゃないですか。
「健康になりたければ健康な人の近くへ行く」
「今までと違う世界を知りたければ、自分とは違うタイプの人と出会う必要がある」
そう考えていました。
都知事選にも出た事がある澤茂実さんという、凄く個性的な方を紹介してもらって、会いに行ってみたら、その日は講演じゃなくて、たまたま落語をやるイベントだったんです。
何の興味もなかったけど、この誘いを断ったらこの人と会えなくなるかもしれない。
でも、「落語をやります!」と言えば定期的に会える。
「じゃあ、やろうかな」と(笑)。
それが2年くらい前で、今でも続いていますからね。
やってみたら面白かったんですよ。
本当に嫌だったら、とっくに辞めていますから。
ちなみにディジュリドゥも同じ。
副業を探していたわけではなくて、「やってみたら面白かった」というだけなんです。

<僕を落語に誘った、都知事選出馬経験のある 澤茂実さん>
1つしかないと、そこでダメになった時に「人生が終わる」

牟田:1つの世界で頑張る事が悪いとは思っていません。
ただ、1つしかないと、そこが全てになってしまう。
例えば、音楽業界で売れっ子だったミュージシャンの仕事が減ったとするじゃないですか。
業界の中だけにいると、
「自分は落ちぶれた」
と思うかもしれない。
でも、正面の視界を少し横にずらして別の世界へ行ったら、
「音大を出ているんですか?」
「プロで演奏しているんですか?」
「楽器を教えられるんですか?」
と驚かれるかもしれない。
同じ自分なのに、いる場所が変わると評価も変わるんです。
「甲子園に出た」本人だけが、その価値に気付いていなかった!?

牟田:この前、たまたま話していた人が野球好きだったんですよ。
いろいろ話していたら、
「実は甲子園に出ていて…」
と言うんです。
周りは全員、
「えっ、凄いじゃん!?」
となった。
でも、本人だけは「プロ野球選手になれなかった事を恥ずかしい」と思っていたんです。
甲子園に出るだけでも凄いのに、その世界の中にいる本人には、それが見えなくなっている。
音楽家も同じだと思うんですよ。
「音大を出た」
「人前で演奏出来る」
「楽器を教えられる」
のは、音楽の世界の中では当たり前かもしれない。
でも、人前で緊張して話す事すらできない人からすれば、大勢の前で演奏できるというだけで凄い。
楽器を教えれば、誰かに一生涯楽しめる趣味を作ってあげられるかもしれない。
自分では普通だと思っている経験が、別の世界では誰かの役に立つんです。
今の世界を辞めずに、横にもう1つ世界を作ればいい!

藤井:この話は、特に音大生や若い音楽家さんにも知ってほしいですね。
牟田:別に、今いる世界から出る必要はないと思うんです。
「もう1つ横に世界を作ればいい!」
僕の場合も、ドラムを辞めてセロトニントレーナーやヨガインストラクターを始めたわけではありません。
「ドラマー」
「音楽講師」
「セロトニントレーナー」
「ヨガインストラクター」
「講演家」
「ディジュリドゥ奏者」
「アマチュア落語家」
いろいろな場所があれば、どれかがうまくいかなくても別の場所がある。
1つしかないと、それがダメになった時に、
「人生が終わった」
みたいになってしまうじゃないですか。
趣味でも仕事でも、人との繋がりでも、いろいろな世界を持っておくのは、心身の健康にとても良いと思いますよ!
「人前で話す仕事」も、突然渡されたマイクから

<鹿島建設主催 安全大会にて講演>
藤井:現在は全国で講演したり、趣味で落語もされていますが、元々人前で話す事は得意だったんですか。
牟田:そんな事ないですよ。
話せるようになったきっかけは、確かYUIのツアー最終日だったと思うんですけど、何の打ち合わせもなく突然、
「牟田さん、このツアーどうだった?」
とマイクを渡されたんです。
大きな会場で、お客さんもたくさんいる。
しかも本人のマイクを渡されているから、途中で助けてもらう事もできない。
逃げられないので、1人で喋りました。
それが結構ウケたんです(笑)。
後に音楽雑誌にも、「ドラムの人の話が面白かった」と書かれていたらしいですよ。
それが「最初の成功体験」だったのかもしれません。
今では講演も仕事になっていますけど、これも最初から「講演家になりたい」と考えていたわけではないんです。

法人化も、新しい経験の1つ

藤井:現在は「合同会社DRUMZONE」という法人も設立されていますね。
牟田:会社にしたほうが、企業などから見ても信用されやすいんじゃないかというのもありますけど、これも「好奇心」ですね(笑)。
「会社を作ったらどうなるんだろう」「とりあえずやってみよう」
と。
もちろん法人化するとそれなりにお金もかかりますから、会社にして良かったと思えるくらい、もっと稼がないといけないですけどね。
それも含めて、新しい経験だと思っています。
藤井:僕も2019年に法人化したんですけど、正直、収入・所得・税金の面では個人事業主の時とどちらが良かったのか、まだよく分からないですね。
でも、法人にしていなかったら巡ってこなかったチャンスも多いので、人生経験としては確実にプラスだと考えています。

「副業を探す」より、面白そうなら一度やってみる

藤井:最後に、音楽以外に何が出来るのか分からないという音楽家さんへ、何かアドバイスはありますか。
牟田:僕だったら、面白そうだと思ったら、とりあえず一度やってみますね。
そんなに、
「副業を探さなきゃ」
「第2のキャリアを作らなきゃ」
と構えなくても良いと思うんですよ。
誰かから誘われた。
少し興味がある。
だったら行ってみる。
やってみる。
嫌だったり、合わなかったらやめればいい。
僕なんて、最初のドラムからそうですからね(笑)。
ドラムはハッタリで「趣味です」と言ったところから始まったんです。
セロトニン道場も誘われた。
ヨガも誘われた。
ディジュリドゥも偶然。
落語も最初はやりたいと思っていなかった。
でも、やってみたら面白かった。
続けていたら、それが人の役に立ったり、仕事になったりしたんですよ。
自分から全部を探しに行かなくても、人とのご縁で入ってくるものもあります。
だから、今いる1つの世界だけで自分の価値を決めなくていい。
「今の世界を捨てるのではなく、その横にもう1つ世界を作ってみる」
そうすると、自分でも知らなかった自分が見付かるかもしれませんね!

牟田昌広(Masahiro Muta)ドラマー/セロトニントレーナー/ヨガインストラクター
15歳頃にドラムと出会い、22歳でプロドラマーを目指して単身上京。
PAMELAHへの参加などを経て、SADSのドラマーとして活動。その後はフリーのドラマーとして、YUI、浜崎あゆみ、ベッキー、山下久美子、土屋アンナ、DAIGOなど、多数のアーティストのライブ・レコーディングに参加。
現在もTHE STREET BEATSなどでドラマーとして活動を続けている。
45歳からセロトニンについて学び、ドラムなどのリズム運動と組み合わせたワークショップを開始。
現在は企業、学校、各種団体などで健康やセロトニンをテーマにした講演も行う。
さらにディジュリドゥ、55歳から始めたヨガ、落語などにも活動を広げ、音楽だけにとらわれない独自のキャリアを築いている。
藤井裕樹/音TOWNプロデューサー
【株式会社マウントフジミュージック代表取締役社長・『音ラク空間』オーナー・ストレッチ整体「リ・カラダ」トレーナー・トロンボーン奏者】 1979年12月9日大阪生まれ。19歳からジャズ・ポップス系のトロンボーン奏者としてプロ活動を開始し、東京ディズニーリゾートのパフォーマーや矢沢永吉氏をはじめとする有名アーティストとも多数共演。2004年〜2005年、ネバダ州立大学ラスベガス校に留学。帰国後、ヤマハ音楽教室の講師も務める(2008年〜2015年)。現在は「ココロとカラダの健康」をコンセプトに音楽事業・リラクゼーション事業のプロデュースを行っている。『取得資格:3級ファイナンシャル・プランニング技能士/音楽療法カウンセラー/メンタル心理インストラクター®/安眠インストラクター/体幹コーディネーター®/ゆがみ矯正インストラクター/筋トレインストラクター』







