木原塁:アニメ・ゲーム音楽を吹奏楽で世界へ!作編曲家がつなぐ日本とアジアの音楽交流♪【前編】
「クラシックはヨーロッパ」、「ジャズはアメリカ」という風に、欧米を留学/移住、音楽活動の場に選ぶ方は非常に多いと思いますが、昨今はアジア各国の成長が目まぐるしく、今後は「魅力的な市場」「第二の活動拠点」になっていくかもしれません。
作編曲家として吹奏楽やビッグバンドを中心に活動する木原塁(るい)さんは、長年にわたり、人気吹奏楽シリーズ「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」の他、数多くの楽曲を編曲してきました。
さらに、アニメ、ゲーム音楽などを吹奏楽で演奏する「Niconico Sounds in BRASS」の指揮者として活動。
台湾、香港、中国、シンガポールなど、アジア各地での公演にも取り組んでいます。
クラシックのトランペット専攻からジャズコースへ進み、演奏家ではなく作編曲家として道を切り開いた木原さん。
その歩みをたどると、目の前の仕事に向き合いながら、興味を持った技術を少しずつ学び、人とのご縁を次の活動につなげていく姿が見えてきます。
作編曲家としてのキャリア、音楽著作権への問題意識、アジア各国との交流、そして今後の構想について、詳しく伺いました。
(【前編】【後編】に分けてお届けします♪)
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洗足学園短期大学でクラシック・トランペットを学ぶ

藤井:木原さんとは、おそらく20年以上前に、国立音大出身のジャズピアニストがリーダーのビッグバンドのライブでご一緒したんですよね。
それ以降はSNS以外ではほぼ疎遠になっていましたが、アジアでの演奏活動などを興味深くチェックさせていただいていました。
僕もアジア好きで、視察も兼ねて毎年のようにアジア各国を訪れているので、今回の対談はとても楽しみです!
『マレーシアに学ぶ!音楽家さんも知っておきたい「世界平和」のかたち♪/Vol.5』
藤井:まずは、音大時代のお話から聞かせてください。
木原:最初は(当時の)洗足学園短期大学のクラシック・トランペット科(音楽科・管楽器専攻)に入り、2年間学びました。
本来であれば、短大を卒業した後に学部の3年生へ編入できれば良かったのですが、(トランペットの)調子を崩してしまい、編入は叶わなかったんです。
ちょうどそのタイミングで、ジャズコースが開設されたんですよ。
藤井:現在は国立音大や昭和音大などにもジャズコースがありますが、洗足は日本の音大におけるジャズ教育の先駆けでしたよね。
木原:僕のジャズ好きを理解してくださっている先生もいて、ジャズコースへの進学を勧めていただいたんです。
ただ、その時点ではクラシックコースの卒業試験などもありましたから、すぐには進学せず、1年後にジャズコースに入る事にしました。
藤井:その1年間は、大学から完全に離れていたわけではなかったんですよね。
木原:大学には籍があり、聴講生としてトランペットのレッスンを受ける事ができました。
当時のジャズコースは開設されたばかりで、まだ学生の人数が足りず、ジャズコースだけではビッグバンドを組めなかったんです。
一方、大学にはサークル活動としてビッグバンドがありました。
そこで僕が橋渡し役になり、クラシックコースのビッグバンドで演奏していた学生たちを、ジャズコースのビッグバンドへ誘ってメンバーを集めました。
ですので、僕自身は聴講生だったものの、トランペットのレッスンを受けるだけでなく、結果としてジャズコース1期生のビッグバンドにも参加できたんです。
そして翌年、ジャズコースの2期生として正式に入学しました。
即興演奏よりも作編曲に向いていると気付いた学生時代

<洗足学園音楽大学オフィシャルサイトより引用>
木原:僕は、どちらかというと古いスタイルのジャズが好きなんですよ。
ただ、当時の洗足のジャズコースは、ビ・バップ以降の即興演奏を中心に、ソロプレイヤーを育成するようなカリキュラムだったんです。
そのため、周囲の学生から見ると、僕は「少し考え方の違う人」という印象だったかもしれません。
その後、クラシックコース時代に崩した調子はなかなか元に戻らず、有名プレイヤーの演奏をコピーしようとしても、難しくて再現できないような状態だったんです。
ですので、卒業後にジャズトランペッターとして活動していくのは難しいだろうと感じていました。
『益子佳久:プロのトランペッターからソナーレへ!ゼロからの再起で得た楽しい生き方♪』
参考「音楽留学・プロの道を諦め、ソナーレへ」
藤井:金管奏者は特に、いわゆる「口を壊す」というのはあるあるですよね。
調子を崩したというのは、演奏家に起こる「ジストニア」のような症状だったのでしょうか。
木原:おそらく、そういうものではなかったと思いますね。
僕の場合は「極度のあがり症」だったのが一因です。
それから、これは人に話すと結構驚かれるんですけど、実はとても不器用で、右手と左手で違う動きをする事が苦手なんです。
トランペットの場合、右手でバルブを操作しながら、左手の薬指で第3抜差管のトリガーを動かしてチューニングしますよね。
こういった動作だけでも僕にとっては簡単ではありませんでした。
藤井:現在は作編曲家として活動されていますから、仕事ではピアノを使いますよね。
木原:実はほとんど弾かずに仕事をしています。
弾くとしても、ピアニストのように両手で演奏するのではなく、片手で音を確認する程度ですね。
こうした不器用さもあって、即興演奏が求められるプレイヤーにはあまり向いていないと感じていました。
一方、作編曲であれば、ある程度時間をかけながら音楽を制作できるので、ピアノが弾ける人ほど仕事は早くないのですが、自分にもできるのではないかと考え、作編曲家にシフトしていったんです。
少子化による吹奏楽部の小編成化が、編曲を始めるきっかけに
藤井:洗足ではトランペット専攻だったとの事ですけど、作編曲は大学でどなたかに師事されたのでしょうか。
木原:ビッグバンドや吹奏楽のアレンジについては、ほぼ独学ですね。
ジャズコースにも作編曲の授業はありましたが、開設当初は短大しかなく、ジャズコンボにホーンセクションを加えるくらいまでは扱っても、ビッグバンドのような大編成を本格的に学ぶカリキュラムはなかったんです。
木原:在学中から吹奏楽部の指導の機会があったんですけど、当時から少子化が進み始めていて、既存の大編成用の楽譜をそのまま演奏できない学校も多かったんです。
それを実際に在籍している部員や楽器編成に合わせて編曲する作業は「実践的な学び」になり、今につながっていると思いますね。
音楽家の弟がつないだ、浜博志ビッグバンドとのご縁
藤井:冒頭でも少しお話ししましたが、木原さんとは20年以上前に、国立音大出身のジャズピアニストの浜博志さんのビッグバンドでご一緒したんですよね。
木原:そうでしたね。
僕には音楽家の弟が2人いるんですよ。
一人は国立音大出身のクラリネット奏者(木原亜土)、もう一人は武蔵野音大出身のホルン奏者(木原英土)。
クラリネット奏者の弟から、
「国立音大出身のジャズピアニストがビッグバンドをやりたくて、アレンジャーを探している」
と聞き、紹介してもらったのが浜博志さんで、アレンジャー兼・トランペット奏者として参加する事になったんです。
その現場で藤井さんと共演したんですよね。
藤井:ちなみに、ご兄弟3人が音楽家という事は、音楽一家ですか。
ご両親も音楽関係?
木原:父は医療従事者でしたが、趣味でジャズピアノを弾いていましたね。
「THE WIND WAVE」でプロ楽団への楽譜提供を開始
<「THE WIND WAVE」オフィシャルサイトより引用>
木原:その後、ビッグバンドと吹奏楽を組み合わせたような編成の「THE WIND WAVE」を主宰している波田野直彦さんを紹介していただく機会がありました。
そこでアレンジャーになったのが、プロのバンドへ楽譜を提供し、出版にもつながった最初のお仕事です。
当時の僕は、実は、日本人が演奏するジャズやラテン音楽をあまり聴いていなかったんですよ。
失礼ながら、プレイヤーのお名前も、それほど知らなかったんです。
「THE WIND WAVE」には、モヒカーノ関さん、今福健司さん、美座Mizalito良彦さんなど、ラテン音楽界の大御所が在籍していました。
ところが、僕が波田野さんへのプレゼンとして持参したスコアは、ラテンのアレンジだったんですよ。
最初からこれほどのメンバーがいらっしゃると知っていたら、怖くて持っていけなかったかもしれません(笑)。
幸い、そのアレンジを採用していただき、アレンジャーになる事ができたのですが。
「キャラバンの到着」のヒットから「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」へ
<「UNIVERSAL MUSIC」オフィシャルサイトより引用>
藤井:木原さんは「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」のアレンジャーも務められたそうで。
「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」は、1972年から2020年まで、毎年音源と楽譜がリリースされていた人気シリーズ。
中高生の吹奏楽部の定期演奏会や文化祭のポップスステージでは、必ずと言っていいほど使われていたので、吹奏楽に関わっていたら、知らない人はほぼいないですよね。
吹奏楽からジャズやポップスに興味を持つきっかけとしても、非常に大きな役割を果たしていた企画だと思います。
僕自身も、「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」版の「オーメンズ・オブ・ラブ」や「宝島」で「T-SQUARE」を知って、高3でオリジナルのライブ演奏を聴いて感動したのが、ジャズ・ミュージシャンになるきっかけの一つでした。
『諸藤一平:「オンライン音楽教室経営者 x ドラマー/作曲家」としての生き方♪【前編】』
参考:「バークリー音楽大学留学を経て上京!元T-SQUARE・和泉宏隆さんとの出会い♪」
木原:「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」には、毎年お声がかかるレギュラーのアレンジャーの先生がいらっしゃいます。
その方々のスケジュールが合わなくても、次に依頼するセカンドコールくらいまで、だいたい決まった方がいらっしゃいました。
ただ、僕に初めて依頼があった2011年は、セカンドコールの方でもスケジュールが合わなかったらしく、声をかけていただけたんです。
藤井:どういったご縁でお話が来たんでしょうか。
木原:「THE WIND WAVE」にアレンジを提供していた楽曲の中の一つに、ミシェル・ルグラン作曲の「キャラバンの到着」があって、当時はまだガラケーが中心でしたから、着メロや着うたが流行していました。
それが、着うたランキングで継続的に1位になっていたんです。
藤井:三菱自動車のCMで使われた事で有名になった曲ですよね。
曲名を知らなくても、「格好良い」「おしゃれな曲」として耳に残りやすく、当時はよく演奏されていた印象があります。
木原:曲自体は話題になっていたものの、吹奏楽用の楽譜がほとんど出回っていませんでした。
「イースター音楽出版」という、2000年に設立したばかりの出版社から、「THE WIND WAVE」に提供させていただいた僕のアレンジの楽譜が出版・販売されて、当時かなり売れたと聞いています(2020年に廃業)。
この仕事で少し知名度が上がり、着うた制作会社の方からのご紹介で「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」のアレンジャーに抜擢していただけたようですね。
K-POPからEXILE、湘南乃風、氣志團までを吹奏楽に
<「Yamaha Music Entertainment Holdings, Inc」オフィシャルサイトより引用>
藤井:「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」では、何の曲を編曲しているんですか。
木原:2度、お話をいただいていて、
2011年の第39集では、「K-POPメドレー 〜Girls編〜」(少女時代の「Gee」「GENIE」、KARAの「ミスター」「ジャンピン」のメドレー)
2014年の第42集では、「ダンス・リミックス・ボーイズ編」(「Choo Choo TRAIN」「Someday」「Together」「純恋歌」「睡蓮花」「女々しくて」「One Night Carnival」のメドレー)
です。
僕自身、
『40歳くらいまでに「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」のアレンジを任せてもらえるレベルになりたい』
という漠然とした夢、目標があったのですが、実際には想像していたよりもかなり早い段階で、それが実現した形となりました。
藤井:「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」の仕事によって、作編曲家としての知名度や経験値もさらに上がったのではないでしょうか。
木原:そうかもしれませんね。
後ほどお話しする台湾での活動にもつながりますが、台湾でも日本の吹奏楽や「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」はよく知られています。
そのアレンジャーを経験しているという事で、現地でも一目置いてもらえるようになりました。
木梨憲武さんの新曲を3日で吹奏楽アレンジ

<「TBSラジオ」オフィシャルページより引用>
藤井:他に、何か印象に残っている編曲のお仕事はありますか。
木原:コロナ禍に入る少し前(2019年12月頃)なんですが、ひょんな事から、とんねるずの木梨憲武さんとお仕事をする機会がありました。
埼玉県立和光国際高等学校の吹奏楽部の顧問の先生が木梨さんのファンで、いつもラジオを聴いていたそうです。
その番組内で、
「木梨さんの新曲を吹奏楽で演奏してくれる団体を募集します」
というような話があり、先生が応募したところ、採用されたらしいんですよね。
木梨さんは「直感で決めてすぐに行動に移すタイプ」で、収録が1週間後になったんです(笑)。
そして僕に、「3日で吹奏楽に編曲をしてほしい」という依頼が来ました。
藤井:結構な無茶振りですね(笑)。
木原:そうなんですけど、何とか無事に完成させて納品し、学生さんたちとの収録も成功しました。
その演奏が好評だったため、TBSラジオ側から、さらにもう1曲アレンジを依頼していただき、イベントでも演奏されたんです。
短期間で仕上げなければならないチャレンジングな無茶振り(笑)とスピード感、木梨さんやバンドの皆さんのエネルギーも含めて、近年ではかなり印象に残る仕事でしたね。
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若い世代に管楽器の生演奏を届ける「Niconico Sounds in BRASS」

<中国河南省で開催された音楽祭での「Niconico Sounds in BRASS」のステージ(2018年)>
藤井:木原さんは「Niconico Sounds in BRASS」の指揮者を務めていますよね。
木原:「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」の仕事をいただいた2011年の少し後、2013年頃に始まった活動です。
先ほどもお話ししたように、当時はすでに少子化が始まっていて、全国大会に出場するような強豪校などは別として、吹奏楽部へ入る学生も減り始めていました。
同じように、テレビの音楽番組からも生演奏が減っていった時代でもありましたよね。
藤井:特に管楽器を何人もそろえる編成はテレビ番組にとってはコストのかかる贅沢品になってしまって、
「若い世代が生演奏を耳にする機会がかなり減っていった時代」
という印象があります。
木原:逆にインターネットは急速に普及し始めていましたよね。
そこで、ネットを通じて若い人たちが管楽器の演奏に触れる機会を増やしたいと考えたんです。
当時はまだ、今ほどYouTubeが一般的ではなく、ニコニコ動画が大きな影響力を持っていました。
そのニコニコ動画発信で「ニコニコオーケストラ」という団体を主宰している方とつながりができ、後に「Niconico Sounds in BRASS」の指揮者として参加する事になったんですよ。
アニメ、ゲーム、ボーカロイドを吹奏楽のレパートリーに

<「ニコニコ動画」オフィシャルサイトより引用>
木原:「Niconico Sounds in BRASS」は、流行している「アニメ音楽」「ゲーム音楽」「ボーカロイド」などの楽曲を吹奏楽に編曲。
著作権の許諾を取り、正式な形で楽譜を出版しています。
その楽譜のデモ演奏を残すため、これらの曲を演奏したいアマチュア奏者が集まり、動画コンテンツとして公開していました。
現在はアニメやゲーム音楽を吹奏楽で演奏する事はメジャーになっていて、楽譜もたくさん出回っていますが、当時はまだほとんどありませんでした。
藤井:「Niconico Sounds in BRASS」という名称は、やはり「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」の影響はありますよね?(笑)
木原:「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」は、ポップス系の吹奏楽を日本に普及させた一大ブランドですからね。
そのシリーズへのリスペクトやオマージュも込めて、「Niconico Sounds in BRASS」と名付けられました。
ただし、ニコニコ動画側が主催している団体ではないので、「ニコニコ」というのはあくまで一般的な意味合いです。
楽譜制作から、公募型吹奏楽団としての活動へ

<サンリオピューロランドでは、マイメロディと一緒にパフォーマンス(2015年)>
木原:最初は、出版する楽譜のデモ演奏を収録するために集まった団体でしたが、2014年、同じニコニコ動画から生まれたオーケストラやアンサンブルと一緒に、八王子で合同コンサートを開催する事になったんです。
それをきっかけに、動画収録だけでなく、公募型の演奏団体としても活動するようになりました。
ちなみに2015年には、サンリオピューロランドでも演奏しています。
ピューロランドにとっても、ここまでの大編成による生演奏は初めてだったそうですよ。
せっかくサンリオで演奏するので、「おねがいマイメロディ」など、サンリオに関係する楽曲も編曲して披露させていただきました。
知らずに著作権を侵害する演奏者を減らしたい

藤井:「Niconico Sounds in BRASS」からは少し話が逸れますが、木原さんは「著作権意識向上の啓蒙活動」もされているそうですね。
木原:僕自身のためだけでなく、同業の作編曲家の権利が保証され、生業(なりわい)として継続していくためにも、著作権について伝える事はとても大切だと感じています。
コロナ禍によって、YouTubeなどの動画配信が急速に身近になりましたよね。
その一方で、著作権の仕組みを十分に理解しないまま、アニメやゲーム音楽を許諾なく編曲して演奏したり、作った楽譜をインターネットで販売したりする人も増えたんです。
決して悪気があるわけではなく、多くの場合は、ルール(法律)を知らないままやってしまっています。
ただ、知らなかったとしても、良くない事は良くない。
だからこそ、きちんと伝えていかなければなりません。
演奏や出版、楽譜の販売によって利益が生じるのであれば、正当な形で権利者へお金が届く仕組みにする必要があります。
学校の部活動でも、楽譜の無断コピーは認められていない

藤井:学校の吹奏楽部などでは、楽譜のコピー(による著作権侵害)は大きな問題ですよね。
木原:「教育機関なので、すべてのコピーが認められる」
と勘違いしている方もいますが、著作権上の例外として扱われるのは、基本的に「音楽の授業で必要な場合」です。
部活動は課外活動なので、同じようには扱われません。
同じ学区の学校同士で、
「うちはこの曲を買うから、そちらは別の曲を買って、お互いにコピーし合って楽譜を共有しましょう」
というような事をしている事例もありますよね。
藤井:うちの高校も似たような事をやっていましたけど、正直、当時はダメだと知りませんでした。
大人の関与が少ない学生主体の部活ではありがちだし、もしかしたら顧問の先生ですら、著者権やコンプライアンス意識が怪しい方もいらっしゃるかもしれないです。
木原:時代の流れもあるとは言え、コピーによる共有が繰り返され、正規の楽譜やCDが売れない事は、作編曲家の仕事や生活を奪い、出版事業そのものや、「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」のような企画の継続を難しくしている面は否定できない気がしますね。
※「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」は、新型コロナウイルス感染症拡大によって演奏活動が制限された事をきっかけに、2020年の第48集の発売をもって新譜の制作、発売が中止。東京佼成ウインドオーケストラの主導のクラウドファンディング(2023年)の成立によって、2024年に単発でCD制作と楽譜の出版が行われました。
「粒谷区ウインドオーケストラ」で原譜を使う大切さを伝える

<「粒谷区ウインドオーケストラ」Facebookページより引用>
木原:「Niconico Sounds in BRASS」が始まる前には、「粒谷区ウインドオーケストラ」という企画にも関わりました。
「X・旧Twitter上の「粒谷区(つぶやく)」という架空の特別区を本拠地とする吹奏楽団」
という設定です。
オンライン上の企画だけではなく、実際に参加者が集まり、コンサートも開催しました。
この時は、すべて正規の楽譜を使用して演奏したんです。
参加者の中には、「本来、コピーではなく原譜を使わなければいけない」事を知らない方も結構いました。
藤井:著作権については、モラルを通り越して「法律」なので、中高生の吹奏楽部のようなアマチュアだけでなく、プロとしてやっていくためにも必要な知識なので、音大でも教えたほうが良い気がしますね。
プロの演奏家でも、知らないまま楽譜をコピーしたり、無許可で編曲しているケースがあったりで、演奏家としての活動がある本人はライブなどで収入があって良いですけど、
「自分たちの仕事を支える仲間の作曲家や編曲家、出版社の首を絞めてしまっている可能性」
もあるんじゃないでしょうか。
木原:ゲーム音楽などを大規模に配信しているプロの方々は、さすがに正式な許諾を取っている印象があります。
僕の感覚では、やはり問題が多いのは「アマチュアの現場」ですね。
僕自身、大々的な啓蒙活動を展開しているわけではありませんが、それでも、日々の仕事や活動で関わった方、団体に対して、著作権や原譜の大切さを繰り返し伝える努力は続けていきたいと考えています。
(【後編】へ続く/台湾をはじめ、アジア各国での活動の様子、洗足学園音楽大学での教鞭のお話、リーダーを務めるジャズ・ラージアンサンブルのお話など、盛りだくさんでお送りします♪)
↓この後、コンサートのお知らせがあります!!
木原 塁(Louis Kihara)1975年生、東京都出身。
洗足学園短期大学音楽科卒業。
管楽器専攻およびジャズ専攻にてトランペットを富田悌二、原朋直の各氏に師事。在学中より演奏・指導などの研鑽を積み、2000年よりアレンジャーとしての活動を本格的に開始する。
管・弦・打楽器を主体とする大編成での編曲・オーケストレーション・楽譜制作を中心とした活動の他、指揮・指導・イベント企画なども手掛けている。
吹奏楽の分野においては編曲作品を国内外で多数発表するなど活動の場を世界に拡げ、第9回臺灣國際音樂節(2016年/指揮)、香港国際バンドフェア2017(2017年/指揮・コンペティション審査員、マスタークラス)、2018中原首届青少年芸術祭/河南青少年新年音楽会(2018年/指揮)にそれぞれ出演。
録音では、円谷プロダクション公式となる『ウルトラマン・オン・ブラス』を始めとして『東京讀賣巨人軍応援歌集2009』『ニュー・サウンズ・イン・ブラス』、童謡100年・音羽ゆりかご会85周年記念盤『ゆりかごの歌』などへ編曲提供する他、世界最大級のゲーム音楽イベント『東京ゲームタクト (2018/2019)』『YAMAHA楽器体験TOUCH&TRY』TBSラジオ主催『ラジオエキスポ2020』などイベントへの編曲提供も行っている。
近年は自身のラージ・アンサンブル“Superb Hop Band”を結成してのライブ活動など、国内での演奏活動も展開。
2022年からは、洗足学園音楽大学(音楽・音響デザインコース)にて教鞭を執る。
『主な作品提供および共演アーティスト・団体(敬称略)』
THE WIND WAVE、東京佼成ウインドオーケストラ、シエナ・ウィンド・オーケストラ、中西圭三、陸上自衛隊中央音楽隊、航空自衛隊航空中央音楽隊、小江戸ウインドアンサンブル、おぬきのりこ、音羽ゆりかご会、伊東歌詞太郎、gero、西村ヒロチョ、木梨憲武、古谷徹、デヴィッド・マシューズ など
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木原塁さんご出演のコンサートのお知らせ♪(2027.8.3更新)


藤井裕樹/音TOWNプロデューサー
【株式会社マウントフジミュージック代表取締役社長・『音ラク空間』オーナー・ストレッチ整体「リ・カラダ」トレーナー・トロンボーン奏者】 1979年12月9日大阪生まれ。19歳からジャズ・ポップス系のトロンボーン奏者としてプロ活動を開始し、東京ディズニーリゾートのパフォーマーや矢沢永吉氏をはじめとする有名アーティストとも多数共演。2004年〜2005年、ネバダ州立大学ラスベガス校に留学。帰国後、ヤマハ音楽教室の講師も務める(2008年〜2015年)。現在は「ココロとカラダの健康」をコンセプトに音楽事業・リラクゼーション事業のプロデュースを行っている。『取得資格:3級ファイナンシャル・プランニング技能士/音楽療法カウンセラー/メンタル心理インストラクター®/安眠インストラクター/体幹コーディネーター®/ゆがみ矯正インストラクター/筋トレインストラクター』









